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ウルトラマリン・ブルー

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 ハルナは俺の昔からの友人で、昔は協調性がないなりに集落に身を寄せていたのだが、とある事件をきっかけに周りを信用できなくなりずっと故郷を離れていた。その間名乗っていた名前がモトキで、誰も側に置かなかったそいつが唯一それなりに長い間姫として組んでいたのが、タカヤだ。今となってはほとんど元の性格に落ち着いたハルナが都市に戻ってきてくれたのはタカヤのおかげなのだろうと、タカヤのことを楽しそうに話す(過去のことを滅多に口にしようとしないハルナには珍しいことだった)口ぶりから伺えた。
 ハルナはモトキであった間、タカヤと一緒に過ごした時間を愛しむように話す。でも、それはハルナの主観でしかなくタカヤにとってそれが美しい時間であったかどうかなど今となっては分かりえない。
 あいつは見た目や名声から思えるよりあまり頭を回さない性質だから、不器用な言葉で幼い彼を傷つけたこともあるだろう。一方的に気に入っていただけで、碌に褒め言葉もかけなかっただろうからひどいやつだと思われていたのかもしれない。
 それでも姫としてハルナの側にいたタカヤのことを、アベは理解できない。俺にだってそんなに幼かった真面目な彼が敢えてあいつの姫であった理由などちっとも思いつかなかった。
 傍にいた頃のことを思い出しても、「タカヤ」はずっとモトキの後ろについているだけでほとんど自分から感情の伺える言葉を吐いたことはなかったそうだ。押し黙って、自分より大きなその背を追って、彼の核に傷が付けば涙を流す。そこには耐え忍ぶ怒りがあったのか、半ば足手まといとして扱われていた哀しさが潜んでいたのか、それとも他に居場所のない心もとなさがあったのか分からない。
 ただ、仲間のために涙を流したであろうタカヤをモトキが呆れたように評したとき、ただの一度だけタカヤはモトキのことを突き飛ばして、そして殴りかかろうとした。殺そうと思ったわけじゃないだろうと他人事のようにアベは言う。きっと許せなかったんだろうねと言えばええ、と小さく彼は頷いた。
 でもきっとモトキさんも、本心からそう言ったのではないのだろうと付け足した彼に俺は驚いて、思わず少し俯いた彼の顔を覗き込んだ。
「どうしてそう思うんだい」
 ああまた視力が下がったかな、と目元を擦って訊けば、逆に驚いたようにアベは一瞬言葉に詰まる。
「ああ、いえ…多分、ですけど」
 なにやら複雑そうな面持ちで眦を下げる彼は自分でも思ったことを持て余しているようで小さく唸った。
 彼が語るには、タカヤがそのときどう思っていたかは分からないが、俺から聞いたハルナの性格を交えて客観的に見ればそれはきっと言葉どおりの意味ではないのだろうと考えたという。
「正直、すげー嫌なやつだとは思いますけど」
 でもそう言って細めた眼はほんの少しの憧憬を含んでおり、俺が思っていたよりはずっと彼の中の記憶はちゃんと少しずつ記憶として再構築されていっているのだと安心した。もしそれがタカヤとしての記憶でなかったとしても。
「タカヤのことはよく分かりません、なまじ近いだけに、少しの違いがきっとその時思ってたことをまったく覆しているのかも知れない。」
 でも、モトキさんについての話をあんたに聞かせてもらって、その分違うところからあの人を見つめることができるようになった今では多分タカヤが感じていたものの裏にあった沢山のものが理解できてきた気がするんです。
 ゆっくりとアベは、言葉を選んで一言一言をかみ締めるように呟いた。
「単に不器用で、多分俺のことをどう扱ったらいいのか分からなくて困ってたんじゃないかって」
 その言葉を聞いて、俺はようやく心の奥にあったわだかまりを溶かし始めることができた。なんだ、大丈夫じゃないか、なあハルナ。
「俺はハルナじゃないから、それが合っているかを答えることはできないけど、少なくともあいつは君の事をとても大事にしていたよ」
 それを分かっていたから、タカヤもモトキの傍にいたのだろうと今では思う。そして今度はそれを噛み砕いて、理解して、その結論を大切にしてくれているアベはやはりどれだけ変わったとしてもタカヤでもあるのだ。
 ただ、タカヤとして生きることよりも彼自身がアベであることを選んだだけの話だ。
「――今、モトキさんの姫になることはできないです」
 短い睫を揺らし、ごくゆっくりとした所作でアベは眼を閉じる。
「向こうであのひとはあのひとの生き方をしているでしょうし、」
 生意気なやつだと聞いていた彼は思った通りその言葉の裏返しにとても気丈で、それでもほんの少し声を震わせながらしかし背を伸ばし、こちらをしっかりと見据えながら彼は続ける。
「今俺には、支えてやりたいやつがいるんで」
 言い切ったと同じに、あまやかな音をたてて彼の涙が頬を伝って落ちて石になる。それはたったの一粒だったが、それ故に美しい一粒だった。
「…俺はあいつのために君を連れ戻しに来たわけじゃないよ
 そんなにしてやるほど俺はあいつのことをよく思っていない」
 ハルナがそれを望んでいるかどうかはわからないけど、その涙があいつのためであるのならきっと今更誰も君を責めやしない。ハルナも、そして君自身も。
 俺は丁重に涙石を拾い、大切に宝石箱にしまいこむ。
「貰っていくね、言葉で言っても分からないやつだからさ」
「…はい」
 彼の核が一度、鈍い金色を含んだ藍に大きく輝いた。












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「ハルナ、彼の核、治らないかもしれない」

 ゆっくりと、タカヤを寝台に横たえたアキマルは言った。
「……は?」
 だって、お前、涙流せるんだろ?
 俺は流せないけど、お前はまだ泣ける珠魅なんだろ?
 そう思ったけれど実際には何も口から出てこなかった。アキマルの口調がかもしれない、なんて言っているのに確信めいていて、ましてや冗談なんかじゃないのが分かったからだ。
 帝国軍の弓矢に俺をかばって当たったバカなタカヤは、もう治らないと、アキマルは言ってる。
「…っふざけんなよ!何でだよ!」
「落ち着けハルナ」
「落ち着けるわけねェだろ!」
 治らないって、どういうことだよ!?
「――彼の核が原石だってことはお前も知ってるだろう」
「おう…それがいけないのか?」
 でも以前、涙を流しすぎて核が曇ったりしたときに他の珠魅に治してもらった時には何も問題なかった。きっとそれが原因なんじゃないんだろう。
「いいや、問題はそれで更に彼の核が、ラピスラズリだってことなんだよ」
 ルーペを親指と人差し指で構えて、タカヤの核をまじまじと見ながらそう言うとアキマルは何か言おうとして何も言葉が出なかった俺をにらむようにしてこっちを向いた。
「ラピスラズリは複数の鉱石が混合してできた宝石で、だから形を整えるのが難しいって言われてるんだけど」
 できるだけ説明を噛み砕いているのが分かったから、俺はぐうと一度唸ったっきりその説明に耳を傾けることにする。