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黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 23

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「いや、お前があっさりと倒れてしまった事など、今までに一度たりともなかったものでな。いらぬ心配だとは思うが、何かよからぬ前触れではないかと思ってしまったのだ」
 ヒースは小さく笑う。
「ふっ、俺は魔物の類じゃないんだ。背中に目があるわけではない。そんなに俺を天変地異の前触れにしないでくれ」
「ヒース、お前……」
 ユピターには、ヒースがどこか無理をしているように見えた。何か心配事があるような表情が、一瞬垣間見えたのだ。
「大丈夫、何も起こらん。きっとな」
 ヒースは気丈に振る舞い、心配するなとユピターに笑いかけた。
「さあ、下らん事を考えるのは止めだ。俺達も鍛練に励まなくては。行くぞ、ユピター!」
 ヒースはエナジーの波動を放った。波動は風となり、ユピターに強く吹き付ける。
 ユピターは微動だにせず、風を全身で受け止める。
「どうしたユピター、剣だけが俺の全てではないぞ! エナジーでも戦える事を見せてやる!」
 ヒースは手にエナジーを込め、その手を虹色に輝かせている。ヒースは見るからにやる気に満ち溢れていた。
 しかし、ヒースがエナジーを放ったために、ユピターは感じ取ってしまっていた。
 ヒースのエナジー、心には、かすかな迷いがあるということに。
 翌朝、ヒースはまたしても悪夢から目を覚ました。
 マリアンヌと共に、彼女の家がある湖畔を散歩していたところ、長閑な風景が一変して前に見た夢のように炎に包まれた。
 握っていたはずのマリアンヌの手が、腕ごと抜け、支えを失ったマリアンヌの体は地面に落ちた。
 屍と化したマリアンヌの体を前に、抜け落ちた彼女の腕を抱きながら叫びを上げていたかと思えば、やはり大汗をかいて目を覚ます。そのような悪夢であった。
 この悪夢が気にかかり、ヒースはその日の訓練にも身が入らなかった。
 やはり普段のヒースでは考えられないような失敗をし、仲間達から凶事の前触れかと恐れられてしまった。
 その次の朝も、ヒースは耐え難い恐怖、悲しみを伴う悪夢と共に目を覚ました。
 業火に包まれた湖畔で、死したマリアンヌの亡骸に慟哭している所に、首を持たない悪魔がヒースの前に現れたのだ。
 その悪魔は、ほとんどが黒ずんでいたが、強固な鎧に身を包み、鎧に付けられたマントを翻す姿は見てとれた。
 愛する者との死別、突然に現れた異形の存在に悲しみ、恐怖する最中、ヒースはかっ、と目を開いたのだった。
 こうも悪夢にうなされていては、さすがのヒースも様々な問題を来すようになっていた。
 弛んでいるから悪夢を見るのだ。そう思い込み、鍛練に集中しようと考えるのだが、心の奥底には、マリアンヌへの心配があり続けた。
 ヒースの見た悪夢は、いずれもマリアンヌが登場し、そして死している。彼女の身に何かあったのではないかと思ってしまうのも仕方のない事だった。
 修行に打ち込もうとすればするほど、ヒースの脳裏には、夢で見たマリアンヌの惨い姿が過ってしまう。
ーー悪い予感が……、いや、これではいかんーー
 ユピターといつものように試合を行っていても、試合に集中できずにいた。
 迷いに満ちたヒースの剣は、ユピターに届くはずもなかった。
 カチン、と刃は弾かれ、ヒースは隙を見せてしまう。
 ユピターは、隙を見せ、がら空きとなったヒースの体に、剣の柄先で当て身を打った。
「ごふっ!」
 ヒースはみぞおちを打たれ、地面に尻餅をついた。しかし、次の攻撃を予期し、剣で頭を守る。
「……ここまでだ」
 ユピターは追撃せず、剣をしまってヒースに手を差し伸べた。
「ユピター、なにを言っている!? 俺はまだ……」
「今のお前では、私に一太刀も浴びせられんだろう。それでは互いに練習にならん」
 ヒースにとってこれは、ずいぶん久しい敗北であった。
 その後ヒースは、全てをユピターに話した。
 たかが夢ごときで、心を乱してしまった事を話すのは恥であった。ユピターは話を聞いて笑うであろう。ヒースは思った。
「ははは……」
 思った通り、ユピターは笑う。
「やはりお笑いだよな。俺が悪夢ごときに……」
「ここ数日様子がおかしいと思ったらそういうことであったか。……安心したぞ」
「安心だと? どういう意味だ」
「なに、悪い意味ではない。何でもそつなくこなすお前でも、時にはそんな風に調子を崩す事があると、分かったからな」
 ユピターは諭した。
「天界でも、神々でさえも時には過ちを犯す。我々に神話として伝わることは皆実際にあったことだ。神話とは逸話ばかりに目が行きがちだが、裏には様々な失敗があるものだ。神々でも失敗する。増して私達神子は、神々から命を賜って生を受けた存在だが、本質は元人間の天者とそう変わらない。過ちを犯すのは当然のことだ」
 現世であろうと天界であろうと、どこの世界にも、全てにおいて完全な存在はない。
 完全に近い存在、というものはいるものの、あくまで近いだけであり、完全には至っていない。
 その完全に近い存在の一人が、まさにヒースであった。
 彼は剣の腕が立ち、文にも長けている。しかし、ヒースにも弱点はある。
 常に完璧であろう、そのように考えることこそが彼の弱点であった。
「ヒース、お前はあまりにも潔癖すぎる所がある。心のどこかでは見る夢さえも完全であろうなどと考えているのであろう。とても信じられないだろうが、現に悪夢でお前は心を乱した。弛んでいるとでも考えたのではないのか?」
 ユピターはまるで、ヒースの心を見透かしているかのようだった。
「それは……」
 まさに考えていた事を当てられ、ヒースは言葉を失う。
「どうやら図星のようだな。では、今のお前にできることを示してやろう。大切な人ができたからといって気を張りすぎだ。だからたまには緩めてみるといい。マリアンヌ殿は、いや、天界に住む者の安全は、なにもお前一人にかかっているわけではないのだ。私達の肩にもしっかりかかっている。だから一人で思い悩むのはもう止せ。お前に勝てない身で言うのもおかしいが、私をもっと信頼しろ。仲間達を信じるのだ」
 ヒースは思い返していた。
 ユピターの言うように、ヒースは完璧を求めすぎていた。それも、何か失敗しようものならば、その時に世界が全て終わってしまうほどの規模で考えていた。
 思えば、ヒースは完全に近い存在である、神々の一員ではない。
 神々より生を授かり、天界に生まれ、天界に死ぬ定めにあるが、生きざまが少し違うだけで、現世の人間達となんら変わらない。
 楽しいときに笑い、辛いときは泣く、という普通の感情を持ち、寿命は人間に比べれば圧倒的に違うが、いずれは必ず死に、現世へと転生する。
 ヒースは自分を鍛えることに執心するあまり、そんな当たり前のことも見失っていた。
 いつからこんな当然の事が盲点にあったのか、分かりかねるが、ユピターに諭され思い出した事により、ヒースは少し心が楽になる思いがした。
「ユピター、ありがとう。どうやら俺は自ら悪夢を見ていたようだ。楽になった。さあ、練習に戻ろう」
 ユピターは首を横に振る。
「ヒース、お前の練習は終わりだ」
「なんだって!?」