Cara Nacido
フロントを通じてフリーライターの野崎から連絡があり、取材を受けることになったのは7月に入って間もない練習日の午後だった。
私服で、との要請に応えて、反町はロッカールームでシャワーを済ませると、最近気に入っているスペインのブランドの、スカイブルーのトリムニュアンスポロにストレッチホワイトデニム、グレーチェックのスリッポンに着替えて待ち合わせ場所のクラブハウスの一室に向かった。
ノックをしてドアを開けると既に野崎とカメラマンが待機していた。
「お、反町君、おつかされま。久しぶり」
「こんにちは。ご無沙汰してます。お待たせしてすいませんでした」
「いや、そんなに待ってないよ。早速だけど、撮影からお願いしたいから、移動しようか」
「はい。よろしくお願いします」
簡単な挨拶とやり取りを済ませると、反町と野崎とカメラマンはクラブハウスを出て、いぶきの森の公園スペースへと向かった。
カメラマンの指示に従ってポーズを付けて何枚か撮影してから、インタビュー場所のカフェへ車で向かう。
「でも、野崎さんが俺を取材なんて珍しいですね。翼専門だと思ってました」
移動の車内で反町が冗談交じりに言うと、野崎も笑って、
「ハハハ。さすがに翼くんだけじゃ食べていけないよ」
「今回は『週刊サッカーファイト』の『Cara Nacido』の取材って聞いてますけど」
「そうそう。そのページ、僕が担当してるんだ」
「えっ。そうなんですか? それなら、ますます翼なんじゃあ……あ、でも掲載の週が違うのかな?」
『Cara Nacido』は『週刊サッカーファイト』の連載で、発売週近くが誕生日のサッカー選手のオフショットインタビューページである。
反町は7月26日生まれ、翼が7月28日生まれである。
野崎は反町の反応に笑いながら、
「いやぁ、さすがにスペインまでの取材費は出ないからねぇ」
「野崎さんなら自腹でも行きそうですけどね」
「いやいや、そこはそれ。仕事は仕事、だよ。それに、あの雑誌のメインはやっぱりJリーガーだしね」
野崎はハンドルを握ったまま反町を向いてウィンクした。
「それに、翼くんじゃオフショットの記事なんて書けないよ」
「ははっ。そりゃそうですね。あいつがサッカー以外をしてるところは想像つかないな」
「そうそう、彼にはオンもオフもないだろうからね。だから、来週号は佐野くんの予定」
「……野崎さん、俺、どうせなら先輩方のオフショットが読みたいです」
『どおりで自分達の世代ばかり取り上げられるわけだ』と呆れ気味に思いながら、反町は言った。
車を駐車場に入れ、取材のためにオープン前に予約したという、ビルの最上階にあるオープンテラス付きのイタリアンレストランに向かう。反町が気に入っていて、たまに来る店である。
見知りのギャルソンに会釈をし、用意されている席で、更に何ポーズか撮影し、食事と共にインタビューが始まった。
「まずは、必ず聞いてるんだけど、サッカーを始めたきっかけは?」
「サッカーを始めたのは、小3の時です。元々体を動かすのは好きだったんだけど、当時、外国のサッカーの試合のダイジェスト番組をやっていて、かっこいいなと思って」
「反町くんは東京生まれ?」
「はい。東邦学園で一緒だった、島野とは小学校からの友人で、一緒に地元のサッカークラブに入ってました」
「こう言っては失礼かもしれないけど、小学生の頃は無名だったよね?」
「東京は、とにかく三杉のいた武蔵FCの独壇場でしたからね。俺のいたチームは武蔵と当たって負けるパターンでした」
「じゃあ、三杉くんとは因縁浅からぬ関係?」
「実は何気に。それで、悔しくて悔しくて、こうなったら中学では勝ってやると思って」
「それで東邦学園へ?」
「はい。そうしたら、例の明和小の2人がいて……」
「驚いた?」
「そりゃもう! 俺、小学校の時のチームではずっとセンターフォワードやってたから、目の前真っ暗になりましたよ!」
「日向くんは1年の時からレギュラーだったよね」
「特待生とはいえ、悔しかったですねー。こっちがランニングとボール磨きに精を出してる間、あっちはずっとボール蹴ってるんですから」
「でも、反町くんも、2年の時にベンチ入りしたよね」
「いただけで、試合には出られませんでしたが。……よく知ってますね」
「そりゃ、下調べしてるからね。東邦で2年でベンチ入りって大変じゃなかった? 当時、何軍まであったの?」
「東邦は寮生活の環境が整っていて全国から入学者がいたから、4軍くらいかな?」
「4軍!」
「途中で辞めてく奴も多かったですけどね」
「そして、あの伝説の第16回大会になるわけだけど……日向くんが出場しないと聞いて、正直どう思った?」
「悔しい気持ち8割、不安な気持ち2割ってところでしたね」
「悔しい?」
「そりゃ悔しいですよ。東邦でのセンターフォワードは目標のひとつだったけど、やっぱり実力でなりたかったし」
「なるほどね。でも、あの大会、得点数2位は快挙だと思うけど」
「翼と2点差ですね。あれも、得点王目指してたから、やっぱり自分としては手放しで喜べなかったです」
「本当に、君の世代は大変だよね」
「全くです。ただ、彼らのおかげで技術やモチベーションが上がっている側面は否定出来ませんけど」
ワイン、前菜、スープに続き、メインの肉料理が運ばれてくる。
野崎はワインで喉を湿らせ、ナイフとフォークを手にしたまま続けた。
「僕、反町くんのプレーで、今でもとても印象に残っているプレーがあるんだけど」
「本当に? 何ですか?」
「フランスジュニアユースの準決勝。フランスとの試合での後半戦。岬くんがピエールくんに一騎打ちを仕掛けた時、すかさずフォローしたでしょ。あの試合の勝敗を分ける、瀬戸際での好プレーだったから、ものすごく印象に残って」
「ああ、ありましたね。当時はそこまで意識してなかったけど、俺、わりと長いことあいつらと付き合ってきてわかったんですけど、翼とか岬って、あんまりチームプレーをしないで、1人で突っこんでっちゃうことが多いんですよね」
「ああ、確かに。印象的には日向くんの方がそういうイメージだけどね」
「あの人はああ見えて、チームプレーを意識する人なんですよ。4人兄弟の長男だし、意外と気ぃ遣いです」
「関係あるのかな? それ」
野崎が笑いながら答える。
「さあ。でも、東邦の中等部の監督がそういう教えの人だったんですよ。チームの和を何よりも重んじる」
「普通、名門校で日向くんみたいな選手がいたら、彼1人に頼りそうなもんだけど」
「それを許さないからこその第16回大会ですよ」
「なるほどね」
「一騎打ちとかリベンジとか、こだわる気持ちはわからないでもないけど、でも、試合ってまずは勝つことが全てで、サッカーは11人でやるスポーツなんだから、もう少し仲間を信頼してほしい、と当時は思いましたね」
「今は違う?」
「少なくとも、試合を観ている限りでは、今のチームメイトは信頼してるんだなぁと」
反町が皮肉っぽく言うと、野崎はハハッと笑った。
デザートのティラミスとエスプレッソコーヒーが運ばれてきた。
「今の話になるけど、オフの時って何をしてる?」
私服で、との要請に応えて、反町はロッカールームでシャワーを済ませると、最近気に入っているスペインのブランドの、スカイブルーのトリムニュアンスポロにストレッチホワイトデニム、グレーチェックのスリッポンに着替えて待ち合わせ場所のクラブハウスの一室に向かった。
ノックをしてドアを開けると既に野崎とカメラマンが待機していた。
「お、反町君、おつかされま。久しぶり」
「こんにちは。ご無沙汰してます。お待たせしてすいませんでした」
「いや、そんなに待ってないよ。早速だけど、撮影からお願いしたいから、移動しようか」
「はい。よろしくお願いします」
簡単な挨拶とやり取りを済ませると、反町と野崎とカメラマンはクラブハウスを出て、いぶきの森の公園スペースへと向かった。
カメラマンの指示に従ってポーズを付けて何枚か撮影してから、インタビュー場所のカフェへ車で向かう。
「でも、野崎さんが俺を取材なんて珍しいですね。翼専門だと思ってました」
移動の車内で反町が冗談交じりに言うと、野崎も笑って、
「ハハハ。さすがに翼くんだけじゃ食べていけないよ」
「今回は『週刊サッカーファイト』の『Cara Nacido』の取材って聞いてますけど」
「そうそう。そのページ、僕が担当してるんだ」
「えっ。そうなんですか? それなら、ますます翼なんじゃあ……あ、でも掲載の週が違うのかな?」
『Cara Nacido』は『週刊サッカーファイト』の連載で、発売週近くが誕生日のサッカー選手のオフショットインタビューページである。
反町は7月26日生まれ、翼が7月28日生まれである。
野崎は反町の反応に笑いながら、
「いやぁ、さすがにスペインまでの取材費は出ないからねぇ」
「野崎さんなら自腹でも行きそうですけどね」
「いやいや、そこはそれ。仕事は仕事、だよ。それに、あの雑誌のメインはやっぱりJリーガーだしね」
野崎はハンドルを握ったまま反町を向いてウィンクした。
「それに、翼くんじゃオフショットの記事なんて書けないよ」
「ははっ。そりゃそうですね。あいつがサッカー以外をしてるところは想像つかないな」
「そうそう、彼にはオンもオフもないだろうからね。だから、来週号は佐野くんの予定」
「……野崎さん、俺、どうせなら先輩方のオフショットが読みたいです」
『どおりで自分達の世代ばかり取り上げられるわけだ』と呆れ気味に思いながら、反町は言った。
車を駐車場に入れ、取材のためにオープン前に予約したという、ビルの最上階にあるオープンテラス付きのイタリアンレストランに向かう。反町が気に入っていて、たまに来る店である。
見知りのギャルソンに会釈をし、用意されている席で、更に何ポーズか撮影し、食事と共にインタビューが始まった。
「まずは、必ず聞いてるんだけど、サッカーを始めたきっかけは?」
「サッカーを始めたのは、小3の時です。元々体を動かすのは好きだったんだけど、当時、外国のサッカーの試合のダイジェスト番組をやっていて、かっこいいなと思って」
「反町くんは東京生まれ?」
「はい。東邦学園で一緒だった、島野とは小学校からの友人で、一緒に地元のサッカークラブに入ってました」
「こう言っては失礼かもしれないけど、小学生の頃は無名だったよね?」
「東京は、とにかく三杉のいた武蔵FCの独壇場でしたからね。俺のいたチームは武蔵と当たって負けるパターンでした」
「じゃあ、三杉くんとは因縁浅からぬ関係?」
「実は何気に。それで、悔しくて悔しくて、こうなったら中学では勝ってやると思って」
「それで東邦学園へ?」
「はい。そうしたら、例の明和小の2人がいて……」
「驚いた?」
「そりゃもう! 俺、小学校の時のチームではずっとセンターフォワードやってたから、目の前真っ暗になりましたよ!」
「日向くんは1年の時からレギュラーだったよね」
「特待生とはいえ、悔しかったですねー。こっちがランニングとボール磨きに精を出してる間、あっちはずっとボール蹴ってるんですから」
「でも、反町くんも、2年の時にベンチ入りしたよね」
「いただけで、試合には出られませんでしたが。……よく知ってますね」
「そりゃ、下調べしてるからね。東邦で2年でベンチ入りって大変じゃなかった? 当時、何軍まであったの?」
「東邦は寮生活の環境が整っていて全国から入学者がいたから、4軍くらいかな?」
「4軍!」
「途中で辞めてく奴も多かったですけどね」
「そして、あの伝説の第16回大会になるわけだけど……日向くんが出場しないと聞いて、正直どう思った?」
「悔しい気持ち8割、不安な気持ち2割ってところでしたね」
「悔しい?」
「そりゃ悔しいですよ。東邦でのセンターフォワードは目標のひとつだったけど、やっぱり実力でなりたかったし」
「なるほどね。でも、あの大会、得点数2位は快挙だと思うけど」
「翼と2点差ですね。あれも、得点王目指してたから、やっぱり自分としては手放しで喜べなかったです」
「本当に、君の世代は大変だよね」
「全くです。ただ、彼らのおかげで技術やモチベーションが上がっている側面は否定出来ませんけど」
ワイン、前菜、スープに続き、メインの肉料理が運ばれてくる。
野崎はワインで喉を湿らせ、ナイフとフォークを手にしたまま続けた。
「僕、反町くんのプレーで、今でもとても印象に残っているプレーがあるんだけど」
「本当に? 何ですか?」
「フランスジュニアユースの準決勝。フランスとの試合での後半戦。岬くんがピエールくんに一騎打ちを仕掛けた時、すかさずフォローしたでしょ。あの試合の勝敗を分ける、瀬戸際での好プレーだったから、ものすごく印象に残って」
「ああ、ありましたね。当時はそこまで意識してなかったけど、俺、わりと長いことあいつらと付き合ってきてわかったんですけど、翼とか岬って、あんまりチームプレーをしないで、1人で突っこんでっちゃうことが多いんですよね」
「ああ、確かに。印象的には日向くんの方がそういうイメージだけどね」
「あの人はああ見えて、チームプレーを意識する人なんですよ。4人兄弟の長男だし、意外と気ぃ遣いです」
「関係あるのかな? それ」
野崎が笑いながら答える。
「さあ。でも、東邦の中等部の監督がそういう教えの人だったんですよ。チームの和を何よりも重んじる」
「普通、名門校で日向くんみたいな選手がいたら、彼1人に頼りそうなもんだけど」
「それを許さないからこその第16回大会ですよ」
「なるほどね」
「一騎打ちとかリベンジとか、こだわる気持ちはわからないでもないけど、でも、試合ってまずは勝つことが全てで、サッカーは11人でやるスポーツなんだから、もう少し仲間を信頼してほしい、と当時は思いましたね」
「今は違う?」
「少なくとも、試合を観ている限りでは、今のチームメイトは信頼してるんだなぁと」
反町が皮肉っぽく言うと、野崎はハハッと笑った。
デザートのティラミスとエスプレッソコーヒーが運ばれてきた。
「今の話になるけど、オフの時って何をしてる?」
作品名:Cara Nacido 作家名:坂本 晶