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未来福音 序 / Zero―欠けているから―

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保護観察処分。
それが、俺に課された罰だった。
両儀式が立ち去ったあの後、俺は気を失った。あれだけの爆発が起きたとあって、すぐに警察がやってきたらしい。アキミという刑事が俺を保護したらしく、目が覚めた病院で簡単に事情を聞かれた。どうしてあの場にいたのか。目の傷はどうしたのか。側に落ちていたリモコンに見覚えはあるか。
君が犯人か、と聞いてくれれば楽なのに。
「俺がやった。俺が爆破した」
 アキミ刑事は戸惑っていたが、それ以上俺が何も話しそうにないとわかると、聞き出すことを諦めて病室を後にした。
 退院後、警察で事情聴取された俺は、犯人しか知るはずのない爆弾の構成や、リモコンのことを素直に話した。ただ、右目のことと両儀式のことは黙っていた。
 俺は家庭裁判所に送致され、観護措置を取られることが決定した。それから、およそ一月を鑑別所で過ごした。
 始めに身体検査が行われ、文字通りケツの穴まで見られるのには、さすがに参った。その他、細々とした事務手続きは面倒ではあったが、特に苦でもなかった。
 鑑別所での生活は思っていたほど悪いものでもなく、テレビを見る時間や、食事の時間を制限される以外は、基本的に自由だった。だが、当然、爆弾を作るなんてことは許されない。今まで爆弾魔としての仕事が生活の大半を占めていたため、俺の生活は途端に空虚なものとなった。
本を読んでみても、映画を観てみても、心は満たされない。視界が半分失われたから、ではない。見えていたものに未練はないが、視えていたモノには未練があった。そういうことだ。
俺にはかつて、未来が視えた。ジョークでも、妄想でもない。確かに、俺は望む未来を手に入れて生きてきた。「予知」や「予測」なんて生ぬるいものではなく、未来を「確定」させたのだ。今はその機能を失った右目は、捉えた対象物の未来を映した。同時に、左目はそこに至る過程を映した。幼い頃は、それが特別なことだとは思いもしなかった。ただ、ゲームだとか、競争だとか、試合だとか、俺にとっては結果が決まりきっていることに、躍起になる周囲とのズレは、早い段階から意識していた。
はじめは、他者の望むものを思いのまま手に入れられることに、気を良くしていた。誰かに羨まれたり、褒められたりすることは、決して悪いものじゃなかった。だが、優越感はそう長く続かない。意のままになる世界は、同時に味気なかった。俺には、周囲の人間が抱く、未知への不安や期待というものが一切なかった。彼らは、俺が当然彼らと同じ緊張感を持って、努力の末に良い結果を手にしていると考えていた。いや、それが意のままになると思えているうちは、まだマシだった。
 俺は、世界を望むように支配していたわけではない。ただ、世界がこうだと決めた道を、その通り歩まされるロボット。自分の好きなフィルムを上映できると思っていたのに、その実ただ世界が決めたフィルムを忠実に回す、映写機に過ぎなかったのだ。

 およそ一月の鑑別所での生活を終えると、俺は家庭裁判所で少年審判を受けることとなった。裁判のようなものをイメージしていたが、法廷ではなく、応接間のような狭苦しい部屋で審判が行われた。付添人と呼ばれる弁護士と、調査官と呼ばれる、心理学者のような人間が俺の更生の可能性を強く裁判官に訴えた。
 俺が模範的に鑑別所での生活を送っていたことや、既に自立して一人暮らしをしていたことを根拠とし、不処分を訴えてくれたわけだ。彼らとは、ただ、形式的な会話をしただけだというのに、随分と買いかぶられたものだ。
結局、今回が初犯であるということや、片目を失ったことで犯罪行為への反省も十分であるという事情を鑑みて、少年院送致は免れて、保護観察処分と相成った。保護観察官との月に二回の面談と、定時制高校に通うことが条件だった。
保護観察官を名乗る女と会ったのは、それからすぐのことだった。
「あら、あなたが瓶倉光溜君ね。なんだ、もう少し陰気なのを想像してたけど、案外イケメンじゃない」
 そんな軽い調子で現れたのは、朱い髪を後ろで縛った背の高い女だった。黒のスラックスに、白シャツというシンプルな出で立ちだが、それで十分過ぎるほど存在感を発揮していた。加えて、橙色のピアスをしているのが印象的だった。
「はじめまして。今日からあなたの保護観察官を担当することになります。蒼崎橙子です」
女はそう言うと、テーブルの上のコーヒーを口にした。ここは彼女の事務所だという話だが、先ほどコーヒーを出しにきた青年以外に、所員らしき人は見当たらない。
「そんなに緊張しなくていいのよ。今日は挨拶程度で、別にあなたのことをあれこれ探ろうってわけじゃないから」
「はあ」
 促されるままに、コーヒーを飲んだ。いつも缶コーヒーを飲んでいたからか、芳ばしい香りと深みのある味わいに少し驚いた。
「彼、コーヒー入れるの上手いのよ」
 彼女は、まるでこちらの気持ちを見透かしたように、そう言った。
「さて、じゃあ本題に入りましょうか。私は保護司として、あなたのこれからの生活をバックアップします。勘違いしないで欲しいのは、決して私はあなたを束縛するためにいるわけじゃないということ。別にあなたが何をしたからって、どうこうしようとはしません。体のいい話し相手ぐらいに思っていただいて構わないわ」
 俺はただ黙って話を聞いていた。
「面談は月に二回。第二、第四土曜日にここの事務所で行います。それさえ顔を出してくれれば、他はあなたの自由にしてもらって結構です。あ、でも、学校はちゃんと行ってね。これは、あなたに課せられた義務だから。まあ、最初は慣れないし、つまらないかもしれないけど、日常なんてだいたいそんなものよ」
 一通り話が終わると、女は腕時計を確認した。一回目の面談を終えるかどうか、迷っているみたいだ。
「ところで、あなた、右目はどう?」
まだ話す時間はあると思ったのか、女はそんなことを聞いてきた。
「どうって・・・・・・別にどうもこうもない。慣れれば―――」
 って、そう簡単に慣れるはずもないのだが。
「ふーん、そう」
 女の顔から、それまで浮かべていた笑みが消えた。
「何かを失うことで特別になる人間もいれば、逆に凡庸になる人間もいるわ。あなたの場合、その両方だから、なかなか心の整理もつけづらいはずよ。まずは、他愛ない日常を回して、凡庸であることに慣れていくことね」
 俺自身のことについて、俺以上に知っているようなその口ぶりが、少し耳についた。
「わかってる」
 反射的にそう答えていた。
「そ、じゃ、今日はここまでにしましょう。また、二週間後にね」
 女は再び愛想の良すぎる笑いを顔に張り付けて、俺を事務所から送り出した。
 ここにやってきた時も思ったことだが、よくもこんな、建設途中で放棄された廃墟じみた建物に事務所を構えたものだ。建物を見上げると、先ほど女と話をした四階より上には何もない。この場所を明確に指定されなければ、おそらく前を通ったとしてもこの建物のことなど、気にもかけないだろう。
 だいぶと日も傾いてきた。西日が暑くて、俺はなるべく日陰を通って家へ帰った。

「瓶倉光溜です。よろしくお願いします」