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未来福音 序 / Zero―欠けているから―

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 誰に向けるでもない俺の挨拶に対して、僅かに響いた拍手以外は、リアクションは皆無だった。教室内には、バラバラの服装をした、男女合わせて二十五人ほどの生徒がいた。
 俺に対して友好的に接しようとするものもいたが、大半は値踏みするような目線を送ってきた。
 ああ、きっと彼らは見極めようとしているのだろう。この混沌とした空間において、俺がどのような立場に立つのかを。
 そう警戒するなよ。別にお前達の居心地良い場所を壊そうなんて思っちゃいないんだから。

 学園生活はつつがなく過ぎていった。いや、何も起きないように過ごしていたと言ったほうが正しい。
この学校は特殊だ。生徒のほとんどは制服を着ていないし、頭髪もまるで子供向けのおもちゃのようにカラフルで、毛先が遊びまくっている。かと思えば、うさぎみたいに弱々しい生徒もいる。彼らは往々にして数人で群れて行動する。他にも、国籍が違う人間が何人かいた。
 熱心に授業を聞く者、寝ている者、教室を抜け出して徘徊する者、携帯電話で会話する者など、この空間には秩序の欠片もない。
 そんな中においても、俺はいつでも外側にいた。何人かでつるむ集団には近寄らず、かと言って彼らを睥睨する一匹狼と絆を深めたわけでもない。いつでも冷静にこの檻を外から眺めていた。
一度だけ、入学して間もない頃、いつも教室の隅で独りでいる男子生徒に話しかけられたことがあった。髪を金色に染めあげ、耳にピアスを開けている。
「よう、ミツル。俺、知ってるぜ。おまえ、犯罪者なんだろ?」
 よく俺の下の名前を覚えていたなと、どうでもいいことに感心した。
「何も言わなくていいよ。実は俺もそうなんだよ。ここのクラスのやつら下らないと思ってるだろ? わかるよ。俺もそう思ってる。俺達みたいなのは、こんな学校なんかでお友達ごっこできる柄じゃないんだよ。な?」
 いつも働かない舌が、まるで急に歯車が噛み合った機械のようによく動いていた。
「そうだ。今度いいとこ紹介してやるよ。俺がよく行くバーがあってさ。すげえイカスんだよ、ここが。未成年でも酒も飲めるし、いい女だっているんだ。ハイになれるぜ」
 想像以上に下らない話に、俺は思わず笑いそうになった。
「一緒にするな」
 それはなかなかに滑稽だった。興が乗って見せ慣れない笑顔まで浮かべ始めたヤツの顔が、俺の一言と共にひきつって崩れた。
「おまえ、結局群れたいだけじゃないか。お前が見下すこのクラスの人間と何が違うんだよ」
 休み時間を告げるチャイムが鳴り響き、話は終わった。
 以来、そいつを含め、俺に話しかける者はいなくなった。それでいい。あの人の言ったとおり、俺はただ代わり映えしない毎日を回し続ける。退屈な日々を、それに不満を抱くこともなく、小さな喜びを見出すこともなく、ただ生きるという行為をし続ける。
 なぜなら俺は、特別ではなくなったから。かつてのように、未来が視えるわけじゃない。右目の視力が失われたことで、モノとの距離感がわかりづらくなった。それは空間的にもそうだが、同時に時間的にもそうだった。未来と現在、二つの視点で生きてきた俺は、未来の視点を失ったことで、現在との距離感を見失っていた。
 すなわち今の俺に居場所はない。先にも今にも。ただその狭間で揺れるだけ。
 かつての俺は世界に隷従する映写機だった。なら、今の俺は?
 役割を失った、居場所のない俺は一体なんだというのだろう。
 満月が煌々と道を照らす、学校からの帰り道。俺はそんなことを考えていた。