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未来福音 序 / Zero―ボーイミーツ?―

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俺がいくら平穏無事な日々を送ろうとしたって、突発的に事故のように振りかかる災難は避けようがなかった。
 厳しい残暑がようやく鳴りを潜めはじめた十月の頭。
 その日は、一度家路についたにも関わらず、再び学校への道を引き返していた。家に帰る途中で教室に携帯電話を忘れてきたことを思い出した。別に誰と連絡を取るわけでもない、せいぜい蒼崎橙子との連絡用にしか使っていなかったから、翌日回収しても全く構わなかった。
そう、それは非合理的な行動だった。ふと、誰もいない校舎を思い浮かべると、自然とそちらへ歩みだしていた。大人しく帰っていれば、光沢優子に会うこともなかったのに。
光沢優子もまた、誰とも交わらない人間だった。ただ、学校にやってきて真面目に授業を受けて、誰とも話すこと無く一日を終える。学校での過ごし方は俺とまるっきり同じだった。だからといって、それだけの理由で俺が彼女を覚えていたわけではない。
それは、ある日の休み時間に起きたことだった。きっと退屈しのぎか何かのつもりだったのだろうが、ある男子生徒二人が光沢の席にやってきた。
「おい、光沢。おまえ、黙ってないで何かしゃべれよ」
 短髪のヤンキーっぽい奴が、ニヤニヤと不快な笑みを浮かべながら、そう言った。後から知ったことだが、光沢は吃音症だった。二人はそのことを知って、からかおうとしたわけだ。それだけなら、光沢はまだ我慢できただろう。
「おまえの母ちゃんは今日も男の股の上で喘いでるんだろ? おまえもいい声出すのか?」
 女の喘ぎ声を真似ながら、そいつは笑っていた。腰にぶら下げた鍵がチャラチャラと耳障りな音を立てた。
「バカ、言い過ぎだろ」
 もう一人のロン毛の男が諌めようとしていたが、結局そいつもケラケラと笑っていた。
「こいつとするぐらいなら、例の巫条ビルの霊の方がまだマシだぜ」
 一際大きな笑い声が響く。
だが、そんな下卑た笑いは長く続かない。次の瞬きの後には、どういうわけか、短髪の男が床に押し倒されていた。
光沢は男の上にのしかかり、左手で首を力強く押さえつけて、どこから取り出したのか、右手にカッターを手にしている。カッターの切っ先は、男の眼球ギリギリに据えられていて、身じろぎ一つ許されない状況だった。突然の凶行に、教室中の生徒の視線が光沢に集まった。
「ど、どうだ。お望み通りてめえの股ぐらの上に、乗っかってやったぞ。だけど、いい声で、鳴くのはどっちだろうな」
 光沢はゆっくりと、しかし着実に言葉を紡ぐ。
一方男は、パクパクと口を動かすばかりで、言葉が出てこない。これでは、どちらが吃音症かわからない。
「わ、わ、悪かった。悪かった。悪かったよ。頼むから、離してくれ」
 裏返った声で男はそう懇願した。それから十秒ほど、光沢は体勢を崩さなかったが、結局男の上から離れて、そのまま自分の席へと戻っていった。
 それ以来、光沢に近づこうとする者は現れなかった。そんな事件があったので、俺は光沢優子のことを覚えていたわけだ。
 話を、携帯電話を取りに学校に戻った日に戻そう。
 俺が学校までの道のりを引き返していると、暗い夜道を照らす自動販売機の側に誰かがうずくまっているのを見かけた。近くまでやってくると、苦しくてうずくまっているわけではなく、物陰に隠れた猫をおびき寄せようとしているのだとわかった。ニャーニャーと猫の鳴き声を真似して何やら必死な様子だったので、邪魔しても悪いので俺はそのまま学校へ向かった。
 警備員の人に事情を話し、無事に携帯電話を回収できた俺は、先ほどの自販機で再びその女に出会った。今度は十匹を超える猫に囲まれていた。
あの状況からすっかり猫を手なづけたその手腕にも驚いたが、それ以上に女があの光沢優子であるということに俺は度肝を抜かれていた。
 すっかり驚いて立ち尽くしていた俺に、さすがに向こうも気づいたようだった。こちらを一瞥してビクリと体を震わせると、そのまま急いでその場から立ち去ろうとした。
 鞄を置き忘れて、代わりに黒猫を頭の上に乗せながら。
「おい、鞄」
 俺がそう言うと、光沢は頭に猫を乗せたまま、急ぎ足でこちらに戻ってきて鞄をひったくった。そして、そのまま帰ろうとするので
「それと、猫。連れて帰るのか?」
 と、尋ねてみた。すると、光沢はまたこちらに戻ってきて、今度は頭の上の猫をそーっと掴んで地面におろした。変なやつだ。
 立ち上がった光沢と向い合う形になった。何故か俺は鋭く睨まれていた。いや、むしろ俺は良いことをしたと思うんだが。
「じゃあ」
 光沢はそう言うと、今度こそ足早に立ち去った。もっとも、それが俺の帰る方向と同じだったために、俺は自販機で缶コーヒーを買って一服する羽目になったわけだが。
 以上が、俺と光沢優子との出会い。全く会話の生まれなかったこの奇妙な出会いは、新たな関係も生むことなく終わるはずだった

「あら、なに、その子のこと好きになったの?」
 俺は思わずコーヒーを吹き出した。
「そんなに慌てなくてもいいのよ。別に変なことじゃないわ。というより、あなたただでさえ人と関わらないんだから、その子と積極的に仲良くするべきだと思うけど」
 蒼崎橙子は平然とそう言ってのけた。
 そもそも、面談での報告が余りに味気ないと文句を言われたから光沢優子のことを話しただけであって、それを思春期特有の恋愛相談か何かと勘違いされてはたまらない。
「そういうんじゃないよ」
「はじめは誰でもそんなものよ。何も恋人同士になりなさいとは言ってないわ」
「いいよ、そういうの。俺は一人でも平気なんだ。だいたい、光沢だって誰とも話したりしないんだ。仲良くなりようがない」
 そう言った俺を、蒼崎橙子はまじまじと無表情で見つめてきた。
「ふーん、あなた意外とバカなのね」
「なっ」
「わかったわ。それじゃ、こうしましょう。最近のあなたは、社会的更生という観点から見て、対人能力に欠けるという問題があると思われます。なので、まずは接点ができた光沢優子さんと、交友関係を築きなさい。そうね、まずは彼女の誕生日と血液型でも聞いてみなさいな」
 職権濫用とはこのことである。蒼崎橙子は、きっとただ自身の享楽のために言ったに違いないのだ。それでも、俺の社交性に問題があることは事実である以上、俺は何も反論できなかったのだった。

 しかし、だ。
 しかし、社交性に問題がある人間が、ただでさえ殻に閉じ込もった閉鎖的な人間と関係を築くというのは、少々ハードルが高い。
 翌日学校に行くと、当然ながら俺は光沢優子を気にかけていた。それは向こうも同様らしく、俺が光沢の方を窺うと、彼女もこちらを見ていたことが何度かあった。だが問題は、それが好意、あるいは関心によるものですらなく、ただ警戒によるものであったということだ。
 光沢ははっきりと俺を避けていた。

「それで、結局あなたは何もアプローチしなかったわけ?」
「向こうはこっちを警戒してたんだ」
「あら、警戒だって関心の一種じゃない」
「取り付く島がない」
「そういうことは取り付こうとしてから言うものよ」
 俺は再チャレンジを余儀なくされた。

「おい」