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空跳ぶカエル
空跳ぶカエル
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美由紀

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 隣のコートの観客席から歓声が沸き上がった。どうやら試合が終わったらしい。
 わたしはベースラインに立ってボールを左手で地面に弾ませ、サーブを打つために集中しようとしていたが、歓声に「儀式」を中断して隣のコートを見た。
 隣のコートではネットを挟んで二人の選手が試合後の握手をしているところだった。
 しのぶ先輩が唇を噛みしめながら握手している。どうやら負けたらしい。
 さっき見たときは6-5でリードしてサービスゲームに入っていたのに、どうやらブレイクされてタイブレークに持ち込まれ、負けてしまったらしい。
 しのぶ先輩が負けた。そう思った瞬間、わたしは全身から血の気が引くのを感じた。
 六月にしては暑い日で、今の今までゲーム中にタオルで顔を拭かなければ汗が目に入って困っていたのに、急に手が冷たくなった。ラケットをきちんと握れない。気を取り直してボールを弾ませる「儀式」をやり直したが、ボールが手に着かなくて転がっていってしまった。
 これで団体戦の勝敗は二勝二敗。最後の試合を戦っているわたしがチームの命運を握ることになってしまった。

 今日は東京都中学テニスの第七ブロックの大会だ。二十四の中学が二校の都大会出場権を賭けて戦っている。都大会に出場できるのは、優勝校と、優勝校に決勝と準決勝で負けた二校で戦う出場権決定戦で勝った中学の二校だ。
 つまり、わたしたち西小谷中がここで負け、相手校である宮下中が決勝で負けた場合は、わたしたちにはもうチャンスはない。宮下中が優勝した場合は、決勝の敗者校と準決勝の敗者校、すなわちわたしたちで決定戦を戦うことになる。
 だが、既に決勝進出を決めている日大第二中学はこのブロックではダントツの強豪校なので、わたしたちがここで負けた場合、都大会出場のチャンスはほとんどないはずだ。だからこの準決勝は絶対に負けられない試合だった。
 この宮下中戦で、コーチは変則的なオーダーを組んだ。
 団体戦はダブルスが二戦、シングルスが三戦で行われる。普通はダブルスもシングルスも、そのチームの中で強い順に一、二、三と組まれていくが、今回コーチは二年生のわたしをシングルス一に、一番強い奈緒先輩をシングルス三にした。
 つまり、エース同士の対決ではこちらに分が悪いため、わたしを宮下中のエースにぶつけ、奈緒先輩としのぶ先輩でシングルスを二つ勝つ、という作戦だった。わたしはいわば捨て石だが、個人戦でも都大会に出るほど強い相手と戦えることは楽しみにしていたのだが・・・
 ところが、試合開始の挨拶をしてオーダー表を交換したとき、わたしたちは頭を抱えてしまった。宮下中のエースである川澄さんがシングルス三にオーダーされていた。
 つまりこちらが避けたかったエース対決になってしまった、ということだ。こちらはエースで一勝が計算できなくなってしまったので非常に辛くなってしまった。
 対戦はコート二面で行われるので、最初にダブルス二試合が行われた。ここで一敗でもすれば状況はほぼ絶望的になってしまったところだったが、我が西小谷中は奮起して、このダブルスを二試合とも勝った。これでシングルスで一勝すれば勝ちが決まる、という状況になった。
 ダブルスが終わって空いた二面に奈緒先輩としのぶ先輩が入って、シングルス三と二の試合が始まった。奈緒先輩は川澄さんにはとても勝てまいが、しのぶ先輩の相手は過去に三戦して全勝している相手だ。ここで決めてくれるだろう、と誰もが思っていた。
 予想どおり、奈緒先輩は川澄さんに2-6で負けてしまったので、そのコートにわたしが入って試合を始めた。私の対戦相手の辻本さんは、去年の秋に個人戦の一回戦で当たったときには0-6で負けている相手だ。でもしのぶ先輩が勝ってくれれば、わたしの試合は消化試合になって気楽に戦えるはずだったのだけど。
 そのしのぶ先輩が負けてしまった。つまり、わたしの試合で勝敗が決まることになってしまったわけだ。
 今、わたしの試合は1-2でわたしのサービスゲーム、15-15の場面だ。ここまで負けて元々と、わりと気楽に戦っていた試合が、いきなりチームの命運を決める決定戦になってしまった。

 今、会場で試合をしているのは、わたしの試合だけだ。決勝進出を既に決めている日大二中の選手もわたしの試合を観戦している。それに試合が終わったコートから観客や応援の部員が続々とわたしが試合をしているコートに集まってきていた。
 普段ならギャラリーが多いのはむしろ望むところなのだけど、今のわたしにはプレッシャーの上乗せにしかならない。テニスをやっていて初めて、コートに立っていることが怖いと感じた。
 隣のコートに目をやれば、今負けたしのぶ先輩が蒼白な顔でわたしを見ている。
 誰かに助けて欲しくて観客席に目をやった。フェンスの向こうでは部員が声を張り上げてわたしの応援をしているのに、その言葉も耳に入らない。観客席の最上段(といってもたった五段ほどだが)にコーチがどっかと座ってわたしを見ている。
 味方のはずの皆の視線すら怖い。誰もわたしを助けてはくれない。
 わたしは仕方なく、ベースラインに立ち、自信に満ちた顔で待ちかまえている辻本さんにサービスを放った。

作品名:美由紀 作家名:空跳ぶカエル