諭吉の恋
その後も何度か客として一葉はカフェを訪れ、
月一の料理教室には必ず参加していた。
何度目かの料理教室で、
すずめと2人だけの参加の日があって、
すずめはまた馬村と早々に帰っていった。
「じゃあ、また2人でいただきますか。」
「ふふ。また諭吉さんの話聞かせてください。」
「いや、今度は俺が一葉さんの話を聞きますよ。」
「え…いつもカウンターで
十分聞いていただいてますよ?」
「ただ俺がもっと知りたいだけなんですけどね。」
一葉の作ったご飯を食べながら、
諭吉はしれっと言った。
「え…///」
「こんなに会話が楽しいのは久しぶりです。
一葉さんはいい奥さんになれますね。
料理も十分美味しいですよ。」
「ふふ、私も諭吉さんが旦那さんだったら
きっと楽しいと思います。」
クスクス一葉が笑いながら返すと、
諭吉が急に、
「じゃあ結婚しませんか。」
と言った。
「え………はい。」
「えっ!」
諭吉は、自分がポロッと言ってしまった言葉にも、
一葉のその返事にも、二重に驚いた。
「あっ、冗談ですよね?!ヤダ、私。
つい、はいとか返事しちゃって…///」
一葉のほうは、諭吉の本気かジョークか
わからないプロポーズに、ついイエスを言った自分にも、
驚いた表情をしている諭吉にも戸惑っていた。
「…その返事は本気ですか?」
さっきまでのヘラヘラした表情と
打って変わって真剣な眼差しの諭吉に、
一葉はもう一度言葉の意味を考えた。
「…諭吉さんこそ、さっきの、本気ですか?」
「最初うちのカフェに来てくれた時から、
一葉さんを感じのいい人だなと思ってて…
それで、この先の人生を一緒に歩くなら、
一葉さんのような人がいいと思ってました。」
「…一葉さん。」
「…は、はい。」
「結婚しませんか。」
「はい。喜んで。」
「…ホントに?」
「え、だって、ジョークじゃないんですよね?」
「もちろん…でも、
自分がプロポーズしておいてなんですけど、
付き合ってもないですけどいいんですか?」
「じゃあ、今から結婚前提で付き合えばいいじゃないですか。」
「そ、そうですね。」
「諭吉さん。」
「は、はい!」
「好きです。私もたぶん、最初に会った時から。」
「っ///、抱きしめてもいいですか?」
「はい///。」
諭吉は一葉をそっと抱きしめた。
色恋沙汰がお互い久しぶりで、
まるで高校生のようなドキドキ具合だが、
抱きしめたその腕にぬくもりは、
長く付き合っていきたかのような、
運命の人にやっと出会えたかのような、
そんな安心感で満たされていた。
「キスしても?」
「ふふ。もう私、30超えてますよ?」
「や…うまくいきすぎて信じられなくて…」
「ふ…私もです。」
「っ///…」
諭吉はそっと一葉にくちづけた。
2人は一気に熱があがったかのような興奮を覚えた。
「夜…店閉めようかな。」
「え、ダメですよ。」
「だよね。」
諭吉は少しションボリした。
「お店終わったらウチに来ませんか?
遅くても待ってますから。
明日はここ、お休みですよね?」
一葉に窘められ、御褒美をちらつかされたのでは
店をサボるわけにいかない。
「じゃあ、がんばります。」
「はい。待ってます。」
もう一度、どちらからともなくキスをした。
ピリリリリ。
メール音が鳴って見ると、すずめで、
馬村の家に泊まるという連絡だった。
(結婚したらすずめと3人で同居?)
「ま、それは後でおいおい考えるか。」
「ん?」
名残惜しさを胸に、諭吉は夜の開店準備を始めた。
その夜の店内では、いつもと違うテンションの
マスターが見られたという。