本当にデキちゃいました
<6ヶ月>
「…ちょっとシズちゃん、そこに居られると俺は身動き取れないんだけど?」
自宅のソファで寛いでいた俺は自分の腹部を見下ろして文句を言う。
はっきり言えば邪魔だと言ったのに、シズちゃんはさっきからずっと、もうかれこれ30分ほど俺の腹にへばりついている。
俺の文句にも怒る事もないシズちゃんは、まだ離れそうにない。
「…コイツ、動かねえぞ?」
邪魔、と視線で訴えたのに、その俺の視線にではなく動かない俺の腹に不満げな顔をして俺を見上げてくるシズちゃん。
さっきからシズちゃんが俺の腹にへばりついて何がしたいのかと言うと、俺の腹の中にいる俺とシズちゃんの子…赤ちゃんが動かないかと期待して待っているらしい。
気持ちは解るけど、それにしたって30分もこうしてくっついていられると嬉しいとか幸せとか感じるよりもさすがに邪魔臭いんだよ、俺だって。
せっかくシズちゃんが作ってくれたフレッシュジュースが飲みたくても、へばりつかれてるお陰でテーブルに手を伸ばす事も出来ない。
ただでさえ腹が重たくなってきたって言うのに…。
テーブルの上のジュースの入ったグラスは、もう既に汗を掻いてしまっている。
「さあ…寝てるんじゃないの?」
「さっきまで動いてやがったのに」
動いていた、と言うのはシズちゃんが感じたものじゃない。
こうしてシズちゃんが俺の腹にへばりつく前までは、俺の腹を内側からぽこぽこと蹴っ飛ばしていた。
それをシズちゃんに言ったら、今の状況になったと言う訳で。
身体の不調を訴えて新羅の所へ行って、妊娠していると信じられないような診断を下されたのはもう半年以上前の事。
断っておくが俺は男だ。
シズちゃんも男。
つまり、男同士なのに男の腹の中に子供が出来たって事だ。
何でそんな事になったのか、俺の身体の中の一体どこに子供がいるんだとか、そんな詳しい事はまるで解らないけど、事実なんだから仕方が無い。
そしてもう一つ断っておくが、今の俺の腹は一見普通。
いかにも想像しそうな臨月近くの妊婦の大きなお腹ではない。
もともと痩せている方だった俺は、妊娠半年以上経っても腹は目立たないタイプだったらしい。
そもそも妊娠するなんて夢にも思っていなかったから、そんなタイプだと言われた所でどうとも反応出来ない訳だけど。
それにしたって下腹辺りが少しぽっこりと出ている程度では、本当に子供がいるんだろうかと俺自身も疑いたくなる。
しかし新羅の所へ定期的に検査に行くと、しっかり心音も聞こえているし、何度か新羅がネブラから借りてきたエコーで子供の姿も見た。
実際最近は腹の中で良く動く。
そんな胎動を感じたいらしいシズちゃんは、動いたと俺が言うたびにこうして俺の腹にへばりついてくる。
しかし不思議な事に、シズちゃんがへばりつくたびに胎動が止まる。
最初は運がないと笑っていたけど100%の確率でこうして動きが止まってしまうと、シズちゃんはさすがに少し落ち込み気味だ。
と言う訳で、暇さえあればシズちゃんはこうして俺の腹にずっとへばりついている。
「…ホント、シズちゃんてば父親の癖に嫌われてるよねえ…」
「…喧嘩売ってんのか」
おい、コラ。と凄むのは俺に対してじゃない。
俺の腹に向って。
ちょっとちょっと、まだ生まれてもいない子供にシズちゃんこそ喧嘩売らないでよ。
動けよ、とシズちゃんは俺の少しだけ出た腹を撫でる。
凄んでいる癖に、こうした仕草はシズちゃんらしからぬ程に優しい。
シズちゃんは既に子煩悩だ。
今はまだ俺の中に守られているけど、生まれたらきっと小さくて壊しそうだとビクビクするに決まってる。
そんなシズちゃんを想像して思わず笑いが洩れる。
腹を撫でてもやっぱり動かない子供に、今度はシズちゃんが俺の腹に額をグリグリと押し付けてきた。
「オラ、動け」
「ちょ…くすぐったいッて、シズちゃん!」
強い力じゃないけれど、押し付けてグリグリ動く額がくすぐったくて。
俺は足をジタバタさせて身をよじる。
声を上げて笑った俺に、シズちゃんも小さく笑って俺を見上げた。
その瞬間。
「…痛、」
「…え?」
「…顔、蹴られた」
腹の中でぽこ、と一度だけ動いた感じはした。
小さな俺たちの子供のその蹴り(パンチ?)は、父親であるシズちゃんの顔面に見事にヒットしたらしい。
一発目でヒットさせるとは、さすがシズちゃんの子。
なかなか手強い、前途有望な子供らしい。
コノヤロウ、とシズちゃんはまた額を腹にグリグリする。
それがやっぱりくすぐったくて、シズちゃんも楽しいらしくて、二人の笑い声が室内に響いた。
……ヤバイ。
何ていう、幸せ。
・・・・・・・・・・・・
臨也の腹にデコをグリグリするシズちゃんの図、が書きたかったんです、スミマセン…(笑)
調子に乗って、もう少し続く予定です(笑)
作品名:本当にデキちゃいました 作家名:瑞樹