本当にデキちゃいました
<その後>
私はこの数週間で、幾つかの奇跡を見た。
人間ではなくデュラハンと言う存在である私が言うのも可笑しいかもしれないし、新羅辺りに言わせれば私こそが奇跡だなどと言うかもしれないけれど、確かに私は奇跡を見たんだ。
やっぱり私が言うのも可笑しいのかもしれないが、この世には不思議な事があるものだ。
私のような妖精が存在する事も人間たちにとっては不思議な事の一つであるように、男であるはずの臨也が妊娠したりもする。
私にとってはその事実よりも、臨也のお腹の子供の父親が静雄だった事の方が驚きだった。
それもまた、臨也と静雄の本来の関係を知っている者にとっては不思議な出来事だろう。
新羅から臨也が妊娠していると言う事実を聞いた時はまさに寝耳に水だったのだが、静雄が父親だと聞かされた時の驚きはそれ以上だった。
妊娠の事実も冗談や嘘ではなかったらしく、臨月を迎えたらしい臨也は静雄と共に私たちのマンション…と言うか、私も一緒に住む新羅のマンションに引越ししてきた。
その時から私たち4人の生活が始まったんだが…何と言うか、その生活は驚きの連続だった。
静雄は案外料理が巧いらしく、毎朝3人分の食事を用意する。
例え新羅が静雄の朝食の時間に起きて来なくても、しっかり3人分作って勝手に食べて勝手に仕事に出て行く。
その間臨也は部屋の中でパソコンや携帯を使って仕事をするか、のんびり昼寝をするかして過ごす。
私がいようが新羅がいようが余り気にした様子もなく、臨也は一人気侭に仕事や昼寝をする。
静雄にも驚いたが臨也もそこそこ料理が出来るようで、昼食はいつも臨也が作って新羅と食べていた。
そんなのんびりと過ごす中で何より驚いたのは、臨也が今までよりも酷く穏やかな事だった。
今までの臨也と言えばどこか殺伐とした空気をまとっていたのに、それが一変して穏やかに微笑みながら自分の腹を撫でたりする。
こんな臨也は見た事がない。
いや、私だけではなく、付き合いの長い新羅も見た事がないと驚いていた。
夜になって静雄が早く帰ってきた時は夕食はまた静雄が作ってくれたし、仕事で遅くなる時は臨也が作ってくれていた。
時々静雄は臨也の我侭を聞いて、露西亜寿司で土産を買って来たりもする。
そう、二人が一緒の時の一番の驚きは、静雄が臨也に優しい事。いやいや、静雄は元来イライラしてあの力を出さない限り優しい奴だとは思っていたが、臨也に対してこんなに優しくする姿には驚きだ。
優しい、と言うのとも少し違うのかもしれない。
暴力は振るわないものの、相変わらず二人が顔を合わせれば口喧嘩をしてばかりだし。
しかし静雄の臨也に対する態度は、言葉とは裏腹に柔らかい。
そうだ。「いつくしむ」と言う言葉がぴったりなのかもしれない。
漢字にすると「愛しむ」だけど、なぜかこれは少し違う気がするな。
「愛」と言う言葉ではなくて、その先にある「大切」とか、そう言う感じに近い。
もちろん「大切」の前提に「愛」があるのかもしれないが、それは見ている私たちには強く感じる事はない。
と言うのは、何て言うのかな。惚気てる、みたいなそう言う空気はないって事だ。
巧く伝わるか解らないが…そんな奇跡。
ある日の真夜中、突然始まった臨也の陣痛に緊急手術になった。
私は新羅の手伝いをするために、臨也が勝手に作った診察室に入った。
静雄は一人リビングで待つ事になったが、きっと熊みたいにウロウロと歩き回っていた事だろう。
闇とは言えあんな性格とは言え、新羅はやっぱり腕は確かだ。
私には考えられないような早い処置で手術を終らせた。
臨也も、そして子供も、無事だ。
一般的な妊娠、出産ではないにしろ、人の体から新しい命が生まれ出てくると言う一つの奇跡を、私は目の前で見た。
人間とは不思議だ。
10ヶ月もの間、こうして体内で大切に育まれ、そして外の世界に生まれ出る。
誰しもがこうして生まれてくるのだと、大切にされて生まれてくるのだと感じた。
これは凄い事だ。
簡単な言葉でしか表現出来ないけど、凄い。本当に。
これも一つの、奇跡。
「…ちょっとシズちゃん! 触るなよ!」
「…ンでだよ、俺のガキだろうが」
「今、ミルク飲んでんでしょ? 見て解んないの? 馬鹿なの?」
「……手前…、殺すぞ」
「子供の前でそう言う事言わない」
「意味解んねえだろうが!」
「大声出さないでよ! 意味解んなくても耳に悪いって言ってんの! そんな不穏な空気、子供の前で漂わせないでくれる? あっち行ってよ。って言うか、死んでよ」
「……………ッ………」
…相変わらずだ。
相変わらずすぎて、仲裁する気にもなれない。
子供が生まれてみれば二人の関係はすっかり元に戻った。
戻りすぎだろう。もう少し親子3人仲良く出来ないのか…。
ああ、私も気に入っていたリビングのガラステーブルにヒビが…。
粉砕しなかっただけマシか…。
「…臨也のアレは、子供を守る本能みたいなものだよ。例え父親でもまだ生まれたばかりの子供に近づけたくない、触らせたくないと思うんだね、母親は。それだけ子供が心配で、守ってやらなきゃって思ってる証拠だ」
新羅はそんな風に言うが、アレではあまりに静雄が可哀想だ。
子供が産まれたとたんに、もっと大切なものが出来たからお前はいらない、とでも言われているみたいだ。
そんな呆れた、奇跡…。
喧嘩ばかりになった静雄と臨也だが、ふといきなり静かになる事がある。
それは子供が眠った時。
たっぷりミルクを飲んで、オムツを替えてやると気持ちが良いのかあっという間に眠りに落ちる。
そんな子供を抱えて臨也が客間に入ると、しばらくしてから静雄がその後を追う。
一度細く開いたままだったドアの隙間から覗いてしまった事があるが、子供の昼寝の時間に臨也はベッドに子供を寝かせてその横で自分も転寝をしてしまうらしい。
そして静雄が後からそこへ行って、子供を挟んで一緒にベッドに横になる。
臨也は子供を守るようにしながら眠り、静雄はその臨也と子供を守るようにして眠る。
その中で、子供は安心したように健やかに眠る。
もう何も言う事はない。
だってその光景が、あまりに幸せそうだから。
…そんな、奇跡。
・・・・・・・・・・・・
臨也さん、母乳なんでしょうか…(爆)
いや、多分哺乳瓶だと…(もごもご)
と言うわけで、最後はセルティ視点。
これにて一先ずシリーズ終了です。
ここまでお読み頂きまして、有難う御座いました!
作品名:本当にデキちゃいました 作家名:瑞樹