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記憶

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……村に留まって置けば良かった。
 時は暮れ六つの前頃であろうか。
傾き始めてから少し過ぎた橙の日をちらりと見て、ぼんやりと思いながら鳳凰は駆けている。
その出で立ちは平常と異なり、裾を絞った袴の上に脚絆を着け足は変哲のない草鞋であるが、今現在行っている激しい動きに備え、先に安易に脱げぬよう縄をきつく乳に通して結んでいる。
 そして鳳凰は“駆けて”いるのだが、その様はどう見ても健常な男のものでも、彼の生業……修業をこなした退魔師の脚力ではない。
加え、こちらも唯者ではない……常人を遥かに凌駕した視力で、十六貫程の自らの体重を預け落下しない幹及び太い枝を瞬時に見定め助走はおろかその為の足場もないただの地面、或いは足場の悪い木から木へ跳び、移る。
 ……その様は人が走るのではなく、正しく忍びの“渡り”そのものであった。

 何故、忍ではない彼が忍び顔負けの……いや並大抵の忍びは及ばないだろう視力を持ちその脚力で“渡って”いるのか。
それは彼が生まれつき持ち合わせ、それ故に彼が両親と永訣してしまう原因となった、今迄はただ謎だ謎だと思っていた力に依るものであった。
 (……)
 しかし今、その謎だと思い続けていた自らの力の謂れ、その元、自らの根本に存在する何か、……何があったのかが、この“大いなる戦い”に巻かれ、そしてそれに巻かれた同様の者達と邂逅する事により、少しずつではあるが形なき何かが見えて来ている、そう思っている。
そしてそれは彼が持つ長年の唯一の疑問である、自分が凶明十五年の現在、ここにいる理由への答えではないか、そうとも思っている。

 過去に両親を魔物に殺されてから、鳳凰は自分で退魔師だと思えるようになるまで……実際には随一の実力者となるまで高明山で修行を行っていた。
 修行中に一つも二つも抜きん出ていた鳳凰を認め、彼が主に生活面で世話になっていた高明山の先達からの依頼により、一刻程前迄は辺地とも言える村へ赴きそこで仕事を行っていた。
目的地であったその村は旅人達の話しによれば遠く離れ鄙びた村との事であったので、多少は腰が重かったが、自分が長く居住していた、言わば両親を除けば唯一の郷里とも言える高明山からの依頼である。
 鳳凰自身、今は……大まかに言えば覇王を倒すという、言わば私事の為に旅を続けているので、依頼主である高明山に対し勝手を言い辛い立場であった。
 また元より人の良い方で、世話になった先達が報酬を出すとの事でもあったので、今回は断り切れず村へ赴いていた。

 使い込んだ竹行李をひっ抱え、てくてくと歩き、彼の足でも決して近いとは言い難かった辺地の村は、そこに住まう者達の生活の糧となる山に魔が出現し彼等村人の生活を脅かしていた。
 そこで対峙し早々に……言い方は良くないが、先達からの直々の依頼でなければ他の退魔師達が対応できたであろう内容の仕事を終え、一日を村で過ごすかと言った村人の善意を退けて鳳凰は八つを過ぎた頃に辺地の村を出た。その村には良い酒の匂いと脂粉の誘い……僧籍である彼が見るだけでも楽しみとするそれらが無かったからである。
 (……)
 下忍程度の“渡り”を軽く超える迅さで木々の間を駆けながら、村での仕事の終わりに聞いた魔の断末魔の様を思い起こす。
つい半刻前に倒した魔の最期の言葉と、以前……丁度鳳凰がこの私事の旅を始める直前に倒した魔のそれが同じである。“イズレワシラヨリモ強大なチカラヲ持ツモノガ現レ、コノ世ハ混沌ガ支配スル”と。愚かな魔共は阿呆のように同じ事を言う。
 魔共の言葉は変わらないが、鳳凰には旅を始める前は分からなかったその言葉の意味が、今は少しずつではあるが分かりかけてきている。
 “強大なチカラヲ持ツモノ”
 この“大いなる戦い”に巻かれ、それがあの……上空の城に存在する男によるものである事は分かった。
 そしてこの生きるか死ぬかのともすれば、明日いや一刻後に戦鬼達の何れかに戦いを挑まれ対峙し命を落とすかもしれない。逆に鳳凰が元は一つ同じ血の者達を殺害するかもしれない。そう言う言わば生き地獄、良い事など何一つないこの戦いの中で、唯一と言って良い一番の大きく貴重な収穫があった。
 何故自分はこの力を持ち生まれたのか、物心ついた時から魔の者を見、そして退ける力を持ち、高明山に入ってからは同輩達と比べ一つも二つも……それ以上に異様、と思われても仕方のない程の抜きん出た実力を持ち、今こうして忍でもないのに常人には有り得ぬ視力と脚力で“渡り”を行う。
 こう言った、自分自身が何者であるかについての答えも僅かずつではあるが徐々に感じ、知りつつある。
それらを知る事が出来た理由は、同じくこの“大いなる戦い”に巻かれた自分以外の戦鬼達の存在があったからであり、何より自分が彼等と対峙せずに極力話し合う姿勢を取り貫いてきたからだろうと、自惚れではなく鳳凰はそう思っている。

 自らが持つ力と自分自身について、知らなくてはならないと思う気持ちと、同時に知りたい、と言う欲求も存在している。
 (知りたい)
 極度に戦闘能力が発達したこの異様で、極めて特殊と言えるだろう血を継ぐ己の身に対しての選民意識から来る思いではない。
 最終の目的は覇王を倒すという“大いなる戦い”、つまり自らの謂れを知る事の出来るこの経験は(戦いを過ぎた後、鳳凰自身が生き残っていればの話だが)恐らくは生涯に一度の出来事となるだろう。
そのただ一度だけの出来事の中で、自分と同じ立場の者……今生存しかつ上空の城へ向かっているという条件で言えば、“自分を除き六名”の同族で遥か分からぬ昔には同等の立場であった者達から出来る限り話を聞き、記憶に留めておきたい。
 鳳凰にはその気持ちが強かった。
 加えて以前に一度面識があり、もう齢は六十を超えているだろう、かの大陸からやって来た老いた道士……天和や、幾ら同じ戦鬼であろうと弱者である南琉の女格闘家や小さなくノ一に手を上げる気は鳳凰には起こらず、そのくノ一が頼りとし共に行動を続ける大坊主……見た目こそ小山の如き体格に大変な強面ではあるが、本質は至って善良な心を持つ大男へも同様の思いだった。
 他の戦鬼達に対しても似た考えである。
 例えば以前、少しの間ではあったが話し始めてみれば案外ウマの合った戦鬼……体中に暗器を持った派手な大泥棒がいた。その好漢の戦鬼と別れてからほんの小半時後に出くわした赤毛の賞金稼ぎ。
 腰に特大の包丁を引っ下げた、見るからに血の気の多そうな彼もまた血の宿命に導かれた戦鬼だった。
 その男に「お前ぇ……泥棒野郎、……ゴエモンって言う奴だ。知らねえか?」と鼻息荒く問われても知らぬ顔を決め込み、彼ともまあとりあえずと少しばかり話をした。
 遥か遠い彼方の過去。
 元は自分と同じであった、今は上空に封じられた彼の男とそれを護る者。
 決して彼等の目論見通りには動くものかと、その気持ちも強い。だが鳳凰には別の考えもあった。
 (対峙しなければ分からぬ、それが血の宿命であるのならば
話し合いその中で自らを知っていく事もまた我等の血のあり方ではないか)
 ともすれば八方美人であるのかもしれないが鳳凰はそう思い、戦鬼達に極力武器を向けなかった。
作品名:記憶 作家名:シノ