記憶
救われなかった鴉
人の心を戻したと言うのに自らの子蘭丸を手に掛け、
完全にその心を彼岸に飛ばしてしまった哀れな鴉
彼に追い打ちをかける訳ではない、ただ……
その時にもう、お前が話してくれたように信長に斬られ、いなかったお前に一つの話を伝えよう。
三百年前の“事件”の顛末を。
鴉、お前が心優しき子と言い人の心を戻す切っ掛けとなった己の、
お前の子は、一度その時に死んでいるんだ。
お前が最後まで憎んでいただろう男を強く思いひたすらに愛し。
だから、その男のために死んでいった。
今から丁度三百年前、天凶十年
洋方太歴は一五八二年、時は……その時、六月の始めだった。
そして鴉、お前にとっては更に苦痛で皮肉な話かもしれないが、
お前が思った以上に天魔はお前の子供を愛していた。
「……だから俺達は今こうして、あの時からの生を繰り返し、三百年の時を経て戦いを続けていた。」
「あの男……鴉……いや烏丸は、思う通りに生きたのだろうな。だから……」
俺は最後まで奴等の戦いを見なかった、と呟きゴエモンは口籠る。
「ええ」
……だからここには鴉も蘭丸も信長ももういない。
天魔……覇王信長とそれに従う者は倒れ、“大いなる戦い”は終わった。
しかし、戦鬼達にはそれぞれの明日がある。
希望を失くした民の為に未来を築かんとする者、今は未熟ではあるが忍の道を究めんとする者、遠く離れた故郷に戻り、平凡ではあるが幸せな日々を再開する者達……
そして、天火・一右衛門と天明・孔凰
ゴエモンと鳳凰には征かねばならぬ明日があった。
「……行きましょう。貴方も追われる身。貴方を未だに追う赤い髪の者がやって来る。」
「ああ……お前とはまたいつか会えたら良いな。お前は……」
「戦い続けますよ、俺は。」
さようなら、鴉
さよなら、愛し合った者達。
すっと鳳凰は立ち上がった。
背にした黄金城は二度と振り返らない。
……この大いなる戦いの幕が下りても
この世の全ての魔を断つ為に。