記憶
その後の出来事を話そう。
鳳凰は鴉と三度目の邂逅を果たす事は叶わなかった。
彼は鳳凰に言った通り、龍叉より先に……どの戦鬼達よりも早く黄金城と……三途の原に辿り着いた。
以下は黄金城内への一番槍を果たした鴉と、そこで待ち構えていた男、天魔・信長……覇王との応酬を、鴉の後に黄金城に入城し、財宝を物色していた天火……大泥棒、ゴエモンが見た内容である。
彼はこの……後に思い返しただけでも何とも言い表せぬ、陰鬱な気持ちとなった鴉と信長についての事を、天明……お前、分かるか?俺は所々意味の分からぬ部分がある。だからお前、覚えて置いてくれと鳳凰に話し伝えた。
天火……ゴエモンにとって真っ先に黄金城内に入城していた己が鴉とは、正直に言えば意外であった。
十中八九、天聖の龍叉様……であった白い服の抜忍が一番に入城するだろうと思っていたからだ。
そしてその心中では黄金城内に入り天魔と対峙する己は出来るだけ正常な……今この場にいる鴉以外の者であって欲しいと、そうとも思っていた。
天魔と戦う戦鬼がその矛先を変えゴエモンに向ける……黄金城内の財宝を盗みばら蒔くという、ゴエモンにとって大切な大仕事を邪魔されては堪らなかったからだ。
彼にとっては自らの体に流れる異様の血を憂い考える事よりも、天魔とその下の者の為により一層困窮した時叛宮の貧しい民達の方が数倍も気掛かりであった。
まあ……幾ら何でもあの天魔を前にして風変わりなあいつも、俺とまで戦おうとはしないだろう。
鳳凰と同様の前向きな考えでそう思い、ばら蒔きに都合の良い物を探し始める。
あいつら、いつになったらおっ始めるのかと思い身を隠したまま少し耳を澄ますが、戦う音……天魔の二刀と鴉の妖刀のぶつかる音、鴉が寄せるカラスの羽音……それらが全く聞こえない。
何だ?と疑問に思った瞬間、両者……元からどこかおかしかった鴉と、正気と狂気の狭間に本質を置き、刃のような知性と理性でそれを覆う男である信長のつんざくような……咆哮にも近い絶叫が城内に響いた。
……天明。俺はお前みてえに自分の血については深く考えねえ。
それより今は方々に散ってはいるが俺の閻魔党の手下達、そしてこの時叛宮で生きていくのがやっとの連中の事の方がずっと不安で、重要だからだ。
……しかし俺も、この体に流れる血について考えて考えて……思い詰めたとしたら、ああなっちまうんだろうか、鴉のように。
「……何と言ってましたか。烏丸と天魔は。」
「……信長は。あれはもう人の形相ではなかった。
よりにもよって貴様が、あれの血を浴びたなと。
……まずそればかりを叫び続けていた。」
愚かだった天魔。お前が愛し続けた安らぎはその傍らから消え去ってしまった。
「……それで烏丸……鴉は?」
「……鴉はもう駄目だ。まず我が子を殺した、と言っていた。
これで心置きなく俺は俺になれる、邪魔で、目障りで、余計で、不要でただの無駄な枷でしがらみにしかならなかった我が子を殺し、だから心置きなく俺は貴様を殺せると。三百余年前からの望みを叶える事が出来ると。」
……勿論、鴉も天魔も正常ではない。
鴉は俺が奴の後に黄金城内に入った事自体を分かっていなかったようであり、天魔の方は……流石にあいつの方は俺の気配に気付いていただろう。
しかし俺がその場に居合わせ、更に城内の財宝を奪おうとしても大して意に介していないようだった。
「そして信長は……あれは貴様のこではない、蘭丸だと。」
そう、いつまでも言い争っていた。
精神の箍の外れた己の男二人の応酬に耐え切れなくなり、あの時俺はもう一度ここに……と、持ち得る限りの財宝を抱え、城を出た。
「……俺はこの戦いの中で他の連中と邂逅しても、お前みたいに辛抱強く話は聞かなかった。しつけえ雷牙の野郎が俺をぶっ殺すと挑んで来たら負けずにこの一尺砲を持って戦ってやった……いつも最後は逃げていたがな。なあ、天明……お前、奴等の言った事の意味が分かるか?」
鳳凰は黙っていた。
そして、一言だけ小さく呟く。
「邪魔で、目障りで、余計で、不要でただの無駄な枷でしがらみである者を、あれは言っていたんですよ。我が子であり……天魔が愛した蘭丸は本来は心優しい子だったのだと、それを覚えておいてくれと。」
聞き、ゴエモンは絶句した。
遠い記憶のしかし現実だった過去に我等の一族を裏切った男。
その子は城を護るべき我等の血の力を奴の為だけに使い、今を生きる者達の運命を暗転させた。
そして天魔。
彼方より我等一族が護り続け、けして人が得てはならぬ力を求め踏み入った十人衆の一人であった者よ。
我等は誰一人たりともお前を許しはしない。
今も尚その生を繋ぎ龍叉様を里に置いていた我等の同輩でお前の決別した友であった不知火の思いもそうだろう。
一族の裏切りも護るべき力を奴の為に使った事も、そしてその二人を巻き数え切れぬ命も物も奪い続けていた者も。
許される筈がない、許しはしない。
しかし一族の精鋭の位置を捨て、天魔が禁断の力の果てに描いていただろう思い。
それは悪だったのか。ただの誤りであり果たして奴を討つ事は本当に正しかったのだろうか。
(……)
天明だった己の身が思ってはならぬ思いを抱き、鳳凰は震える。
一層翳りの深くなったその表情を見遣ったゴエモンもまた、目を伏せる。
いや奴は悪だ、悪だった。
奴に従った奴も、その裏切り者の親も恐らくはと鳳凰は決め込む。
この結末しかなかったのだろうか、彼等はそれで良かったのだろうかと相反する思いを抱きながら。