緑と傍らの鷹
当たり前に自分の側に居る者、懐き自分の名を呼び、手を引き、天を翔ける鷹のように奔放に俺をぐいぐいと導いて行く。
クラスの者達の輪の中、子供たちの歓声の中、……俺をやっかむ部員達、距離を取られていた大坪さん達三人との橋渡しとなっている、細い横糸のような繋がり。
あれが俺を呼ぶその行先は、必ず決まって橙の日だまりに包まれた暖かい場所だ。
昔から静かで落ち着く物事を好み、人の多い所も煩い者も嫌いだと思う。
しかしそれがなくなり手からこぼれ落ちる砂のように傍らから遠ざかって行くと、まるで手足を?がれたかのような錯覚に囚われ、檻に籠められたかのような閉塞感がこの身を苛む。
今までこんな事は無かった。
だから……俺が不自由をしないように。
一番近くでピイピイと小うるさく囀っていろ、馬鹿な鷹めと。
心のままにそれを口にしてしまえば何かが始まると同時に今までの全てが音もなく崩れてしまう気がする。
それが……(何故俺は怯えるんだ)
恐い。
言えないその思いをいつからか引き摺っている。
そして自分の側に四六時中位置し、人の気も知らんで囀るこの馬鹿者から、俺は……
求めている。
それは緑間にとって生まれて初めての事だった。
お前の技術と能力と時間と目を俺にくれ、と
普通はSGのポジションは特にその最大の役割であるシュートの際に他と連携をする事などはまず有り得ない。
膝を屈めるフォームからリングにボールが吸われるまで、
その始まりと終わりの一人だけの完結した世界こそが緑間の好むものであったし、そこにはこの球技を始めて以来からの彼の拘り続ける美学と誰よりも高いプライドが存在し、幾ら越えられぬ壁に克つ手段と言っても、何人も介入する余地などはなかった。
全国?.1シューターと自負している自分でもまず出来ない事だと怜悧冷徹と謳われた心と明晰な頭脳がそう訴えている。
……本来はな。だが。
……お前、
お前と言う、黄の輝きを叱咤し時に護りの笠となる者のように雄々しくもなく紫の輝きを見守り黒の光となった龍虎達のように力強くはない、しかしそれは“目”を以て己の武器となりその羽で俺を導き出し、橙の日だまりとなりこの心を暖め。
(気付けば、いつも……)
近くに側に……傍らに。
この緑の傍らに鷹は居た。
(……そんなお前だから)
力を貸し共に進んでくれと、彼を奪おうとしている。
「初めてだ、そしてお前だけだ」
……俺は戸惑っているのだろうか。
正体の掴めない胸中の思いのほんの欠片
堪らなくなり、緑間はそう呟く。
俺の話には一つ、おまけがある。
あれはいつだったか。
少ない口を開き話をすれば高尾の事を聞きたがり、それを話すと美しく笑む妹が何とはなしに呟いた言葉。
それを最近はもう、頻繁に思い起こしている。
「兄さん、兄さんはこう言う話嫌いでしょうね、でも話半分で良いから聞いてね。
兄さんには……あったかい橙みたいに兄さんを密やかに照らすともしびで、影にずっと添っていて、でも……空飛ぶ鳥のように大らかに……側でいつも笑って、導いて引っ張ってくれるような……そういう人が兄さんにはピッタリだと思うんだけどね。」
「それは具体的には何だ」
言葉通りに適当に聞かせてもらおうと。ぼんやりといい加減に聞き流していたが、気が動転し慌てたまま妹の言葉を遮るかのように急ぎ問い返した。
「うーん……性格で言うなら、そう言うのは年上系?かなあ」
「そうか」
急いで話を終わらせ、読んでいた本の活字を追うふりをする。
気付けば両掌に手汗をかき、喉が渇いている。
何故俺は焦ったのか。
不可解と言われる事の多いこの実兄の言動を生を受けて以来見続けていた妹。
柔らかい口調の、しかし抉るような問い掛けに心を揺さぶられ。
その言葉で思い浮かべた者は、やはり……
力もこの目も時間も心も、持ち得与えられるもの全てを渡し、だから側に居させて欲しい。
俺の側で囀っていろ、そして共に来てくれと。
「行くぞ、高尾」緑は一瞥も与えない。しかしお前は俺の傍らにいると、それを疑う事はなく。
「エース様の仰せのままに」鷹はいつもその笑みに本心を秘め隠し、彼に応じ、添う。
願わくばこの均衡が崩れませんようにと。
まるで幼子のように怯え、それでも互いの思いを求め心を痛め、苦しみながら。
二人は