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緑と傍らの鷹

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 凍てつきの風が吹き曝しの中央廊下を越え、体育館へ直通する別棟へと急ぐ。
 主将の赤司と彼だけには従順な紫原、癖は強いが生真面目な……と、六人の内バスケットボールの経験の浅い黄瀬は、自分と同じようにもう体育館へと向かう頃だろうと思い。
駆けてやっとその姿……赤を囲んだ四人の集団を見掛ける。
 ……赤司君と。主将を呼び止めようとした桃井の声と内の一人のそれが重なり、彼女の声は消された。

 ……かったるい。
 激しい運動を行う男子学生以外が食べ続ければすぐに贅肉が付いてしまうだろう高カロリーのスナック菓子を流し込むように口に運びながら、紫色の頭の大柄な少年……紫原はぼそぼそと呟く。
 「次、戦う所、“新鋭の強豪校?”だっけ、えー……そんな事確か言われてんでしょ?そーゆー所って周りがポンポン肩書付けてくから、オレ達がうちを倒せるんじゃないか、とか、俺達がウチを倒さなければって思い込んで闘志剥き出しにして掛かって来るんだよね。」
 もぐもぐと口を動かし途切れ途切れに話す彼の言葉を要約するとこうだった。
 袋入りのスナック菓子を空にし、そのままの表情でぼそりと続ける。
 だから、すげーうざいし、メンドい。
 ……その無意味な希望願望と挑戦がいかに無駄な努力か。
 それを分からせてやる必要もないだろうと、ぞんざいな態度で赤の髪の少年……赤司は返してやる。
 「いつものように全力で向かって来る相手に、いつものように自分達六人も「特別何かしてやる必要はない」それこそ無駄な労力だからね。」
 誰に言い聞かせる訳ではないが、この威圧感を放つ主将の言葉は他のスターティングメンバー達にとって命令に近いものだった。
 それに応じない……気に掛けていないのか、後ろを歩く一人の少年に聞いているのかと赤司は声を掛ける。
 厚めの眼鏡を掛けたその長身の少年は声の方向をちらりと見たが、右手に持つ本に髪と同じ怜悧な深緑色の目を落とし、返事を返さなかった。
彼がいつもその手に持ち、あるいは抱えている大体は奇妙な持ち物……ラッキーアイテムは見つからない。と言う事は今日の彼の星座のそれは“本”なのだろうか。
 無言のままの緑色の少年の出で立ちを見ながら、今日はまともで良かった。変なの持って歩かれると俺も変人扱いされて嫌だし、と鞄から新たに出した菓子の包みを破きながら、紫原は呟いた。
 「……まあ、確かに面白味が無いと言えばそれまでかもしれないスけどね。」
 歩きながら菓子を頬張り続ける紫原に若干の呆れた眼差しを浴びせつつ、黄の髪の整った容貌の少年……黄瀬はそう言い、んー……と、僅かに考える素振りを示した後に続ける。
 「……なら、いつもみたいにノルマ20点と……プラスで一番点取れなかった人が俺達一週間分の昼飯代を出す、ってのはどうっスか。」
 面白い案っしょ?とまるで主将の赤司を挑発するように見遣る言わば若輩の黄瀬に、ふんと静かに口角を上げながら赤司は返す。
 「それは少々……僕はともかく。敦に不利な案じゃないか。
対して凉太。お前だ。そして大輝や……にはやる前から有利な案だ。」
 Cと、本来であればPGは「チーム」では点を取りに行くポジションではない。
 「……オレを庇ってんの、赤ちん。」
 ならいいよ、と。視線を前方に向けながらおもむろに紫原は言った。
 食みながらぼそりぼそりと呟く口許から菓子の滓が飛び散る。
 「……縦も横も。点を取るやつが居ればいつもと同じで抑え切れば良い。
……てゆーか、相手のCからSFを潰してゴールを壊せば済む話だし。」
 呼吸をするように事もなげに言い放つ紫原に、赤司は口許を緩める。
 一件無垢にも見える幼子のような面と背の凍るような残忍さを併せ持つ巨体の少年。だから僕はこいつを側に置くのだと思いながら。
 紫原を凝視しぎょっとする黄瀬を尻目に、やはりおかしそうな表情のまま赤司は笑った。
 「……まあ良いだろう。別に僕は時々食堂で総菜パンを齧っているお前達に一年、定食代を出してやっても良いが?」
 「って言うか黄瀬ちん、そんなに金持ってんの?」
 「失礼っスね、最近休日の仕事でギャラ入ってるんスよ。」
 話す彼等の内、赤司は桃井の存在に気付いていたかもしれない。
 (……皆、何言ってんの……?)
 しかし今まで彼等に向かっていた彼女の足は止まり、床に張り付いた様に動く事が出来なかった。
 前を行く四人の少年達が遠くなる。
 ……次に戦うチームに“目持ち”がいるからと、その事を。
伝えなければと思うのに足が前へ進まない。
 そうして肩を落とす彼女が瞼の奥に思い浮かべる者は……
 ……大ちゃん。
 誰よりもバスケを楽しんでいた幼馴染みが部活に出なくなったのはいつからだっただろうか。
 テツ君
 好きだと思う人の穏やかな笑顔を見なくなったのはいつからだろうか。
 どちらも哀しい顔をしていた。行き場をなくした者達の目。
 ……そしてふと脳裏に映像がよぎる。
 昨日も夜まで見続けていた某校の選手達の姿。
 点を取られれば悔しがり必死に相手に向かって行く真っ直ぐな様を。
 四番の、鋭いがどこか日溜まりの橙の暖かさを思わせる仲間を信じ切った人懐っこい
 ……まるで鷹のような目。
 歩きながら話し込んでいるのだろう。少し屈んだ長身の彼等の中で一つ、歩く姿勢のままの冷徹の緑が瞬時さっと鮮やかに映り、次には視界のそれがぼやけて滲む。
 桃井は泣いていた。

 「下らん」
 知性を具現化したかのような深緑の少年は群れの中で初めてそう口を開いた。
 「珍しいの読んでるね。」
 かさついた食感の菓子が喉を通ったのだろう。一瞬、詰まる。
 「みどちん」
 「……おは朝は絶対だ。図書委員の女子生徒が……理由は分からん。金属音のような甲高い声で近寄られ勧められたが……ラッキーアイテムの本を探す手間だけは省けたと言えるのだよ。」
 ……男女問わず。やかましい者は嫌悪するものだと思う。だから俺は物静かな(不明瞭な所が垣間見えるがそれは自分の知った事ではない。)赤司と、他者に不要な介入を行わない紫原とは苦にならんのだと思う。
 キセキの内動的で多弁と言える青峰と黄瀬についてはあまり得意でなく、球技の実力については認めてはいるが学生として知力に劣るので左程関わってはいなかった。その青と黄と、もう一つの黒のひそりとした影についてはどうやら自分を苦手としているらしい。気配でそれと知れる。
 しかしどうでも良い事だと。そう思う。
 自分が自分と同じく知に長け静である者達と組み真逆のものを苦手に思い嫌う事も
 どちらにしろ自分は後者とは相容れはしないのだから。
 自分は動的な者とはまず合わぬし、そう言った人種とは生涯これからも深く関わることはないだろう。
そう緑間は思う。
 ふーんと、先程の彼の問いに大した興味を抱かぬ素振りで、紫原は応じる。
それも別に構わんと、やはり意に介さず続ける。
 「……しかしとんだ馬鹿話だが。……四百年以上も前に命を捨てた女の与太話だった。読む気も失せるから明日朝すぐに返却する。」
 「あっそ」
 ……こいつ等が話していた。次の某校との勝つ試合、つまらん賭け、そして
 この歴史小説の命を捨てた馬鹿な女
作品名:緑と傍らの鷹 作家名:シノ