Einsamkeit
そんなこんなで服を脱がせるのにまたひと騒動だったものの、終わり頃にはルートもようやく力尽きたのか、おとなしくなり、最終的にはどうにかふたりで彼をベッドに押し込むことに成功した。
やっと一段落したところで、よく見るとルートの顔にも腕にも軽い擦り傷やあざがずいぶんたくさんついていた。
――この人ときたら、いったい今までどこで何をしてきたのやら・・・。
さらに脱がせた服を改めてよく見ると、これまたひどい有りさまでローデリヒは眉をしかめた。
お気に入りの茶のスーツのジャケットがぼろぼろになっている。あちこちにひどい擦り傷、鍵裂きだらけで、しかも泥まみれ。肩の所はどんな力で引っ張ったのか縫い目がほころびてしまっている。ズボンも似たような有りさまでくしゃくしゃになっており、クリーニングしても、もう到底元に戻りそうにもなかった。お気に入りのネクタイもどこへやってきてしまったのか、見当たらない。シャツも同様に擦り傷に汚れ、鍵裂きで、さすがの倹約家の彼でさえ、これはもう捨てるしかないと思わせるような有りさまだった。
今やベッドで大いびきをかいているスーツの持ち主をそっと見やって、ローデリヒはまた、ため息をついた。
「・・・それで、いったい何があったんですか?フェリシアーノ」
やっとルートを落ち着かせることが出来たので、居間に戻り、今度はまだ泣いているフェリシアーノを落ち着かせようとソファに座らせて、入れたばかりのココアを手渡した。
「・・・ルート、今日は夕方からずっと変だったんだ。訓練が終わるまでは普通だったのに。帰りにディナーに誘ってくれたんで、レストランで待ち合わせしたんだけど」
二人が待ち合わせをしたレストランで何が起こったのかは、言われなくても大体は想像がついていた。問題はその後だ。
「突然、その・・・俺にプロポーズしてきたんで、びっくりしちゃって・・・だって、俺たち友達なのに何で?って思って」フェリシアーノは涙にぬれた目で、両手にしっかり抱えたカップをじっと見つめていた。
・・・ああ、ルートはどうやらそうは思っていなかったようですよ、とローデリヒは心の中でつぶやいたが、口に出しては何も言わなかった。
「そのあともまだ何かルートの様子がおかしいし、とにかく場所を変えようって言ってそこを出たんだ」
フェリシアーノの話では、ルートはその後も、ずっと妙にハイテンションだったらしい。行きつけのパブでビールを飲んで、さすがのフェリシアーノでさえ、ちょっと不自然に思うほどの陽気さで、陽気すぎるくらい陽気に歌って騒いで、更に何軒か梯子したらしい。
「今日は俺のおごりだから遠慮するな、じゃんじゃん飲め!なんて言って・・・俺、心配だったし、いくらルートとは言え、ずいぶん飲んでたから、もうそろそろ帰ろうよって言ったんだけど」
そしてかなり酔いも回ってきた頃に事件が起こった。
「もう飲みすぎだから、そろそろ帰ろうよって言ったんだ。でも俺、変なやつらに絡まれて・・・」
「そいつら、俺に『俺たちと遊ばないか、かわいいお嬢ちゃん?』とか何とか、他にも何か下品なことを言ってきて・・・」
「それでルートが怒っちゃって・・・俺、止めようとしたけど、全然無理で・・・」その時のことを思い出したのか、フェリシアーノはまた涙声になりはじめた。
「ああ、もう大丈夫ですよ、フェリシアーノ、落ち着いて」
ローデリヒはフェリシアーノを安心させるように、そっと肩に手を置いた。
「ルートがあいつらと殴りあいになって、相手は2〜3人だったんだけど、そのうちだんだん騒ぎが大きくなっちゃって・・・」
ビンが飛び、グラスが飛び、テーブルを倒し、椅子が舞う。しまいには窓ガラスが割れるような大騒ぎになったらしい。ついには警察が呼ばれる始末になった。
――ネクタイはそこでなくしたんですね、なかなかいいものでしたのに残念ですね・・・ローデリヒは自分がルートに贈ったネクタイの最後に、またこっそりため息をついた。
ここに至って、さすがに大変なことになったと思ったフェリシアーノは、何とか隙をみつけてルートを店から連れ出し、やっとの思いで自分の車に押し込んで連れ帰ってきたのだという。ルートはその間もずっと車の中で大騒ぎをしていたらしい。
「だめだよ、ルート危ないよ!運転できないから、じっとしててよ」
「どうしたのいったい?!急に抱きついてこないでってば〜!」
抱きついた?ルートが?
普段の彼なら考えられない行動だが、ローデリヒは、今日に限っては何となくわかるような気がした。今日はこれでいったい何回ため息をついたのだろうかと思いながら。
「そうですか・・・あなたも今日は大変でしたね。それにしても、よくルートをつれて帰ってきましたね、ご苦労様でした」
話を聞き終わってそう声を掛けると、うつむいていたフェリシアーノがこちらを見て、ちょっとうれしそうに笑った。なんという素直で無邪気な笑顔だろうか。私もこんな風になれれば・・・とローデリヒは思う。
「今日はもう遅いし、あなたも泊まっておいきなさい」
フェリシアーノにそういうと、意外な答えが返ってきた。
「俺、今日はうちに帰るよ、ローデリヒさん」
言われなくてもしょっちゅう、いつの間にかやってきてはルートの部屋に入り込んでいるフェリシアーノの口からそんな言葉が出るとは思っても見なかった。
「今日はほんとにルート、様子が変だったし・・・、帰ったほうが良いかなって」
フェリシアーノは少し寂しそうな笑顔を見せた。
彼も彼なりに考えていることがあるのだろうと、ローデリヒは無理には引き止めず、
「・・・そうですか、それでは気をつけてお帰りなさい」と短く答えた。
「ココアご馳走様でした。ありがとうローデリヒさん。ルートのこと、よろしくね!」
少し元気を取り戻した様子で帰っていくフェリシアーノを門のところまで見送ったあと、戸締りをしなおしたローデリヒは寝る前にルートの様子を見に行くことにした。
まさかとは思いますが、酔っ払いすぎて吐瀉物で窒息死なんて笑い話にもならないし・・・。
ローデリヒはルートの寝室に近づいて、そっとドアを開けた。
さっきまでの大いびきはどこへやら、やけに静かなので、それはそれでちょっと心配になり、様子を見るためにそっとベッドに近づく。
枕もとまでいき、少し身をかがめて様子をうかがおうとすると、突然ルートは身じろぎして
「フェリシアーノ、行くなっ!」
と叫んだかと思うと、ローデリヒの腕を掴んできた。
慌てて身を引こうとしたが、突然のことで間に合わず、驚いて思わず声がでた。
「何するんですかっ!」
その声でルートは目が覚めてしまったらしい。
「・・・ローデリヒ?何でここに・・・?フェリシアーノは・・・?」
まだ酔っているのか、寝ぼけているようだ。
何でって、それは私が聞きたいですよ・・・
ローデリヒは心の中でそうつぶやいて、口に出してはこう言った。
「大丈夫ですか、ルート?」
とろんとしていたルートの目に漸く焦点が合ってきた。
「あ、ああ・・・すまない、ローデリヒ・・・何か夢を見ていたようだ」
そういいながら、まだ腕は掴んだままだ。
作品名:Einsamkeit 作家名:maki