橋から落ちた後
「食満先輩、団蔵のところに行ってもかまわないでしょうか?
「ああ。寒いだろうからこれを羽織っておけ。
留三郎から布を受け取るとほぼ同時に、向かいの文次郎が立ち上がった。
「留三郎。
「なんだ、文次郎。
そのまま留三郎に声をかけ、目だけで合図を出して文次郎は河岸から離れるように歩き出した。
「先輩?
「気にするな、さっきの続きをしたいんだとよ。
何事かと庄左ヱ門が尋ねると、呆れ気味に留三郎は答えた。
何もこんな時まで勝負しなくてもと口にする前に留三郎は文次郎を追っていった。
そしてすぐに声が聞こえた。
「うーん…。
「団蔵!気が付いた?
「あれ、ここは…?庄左ヱ門…?
団蔵が体を起こして、すぐそばにいた庄左ヱ門に寝ぼけた眼を向けた。
数秒間呆けた状態だったが、いろいろ思い出して団蔵は庄左ヱ門に手を伸ばした。
が、手が届く前に庄左ヱ門の前で蹲った。
「庄左ヱも…、うっ…!
「…!団蔵、大丈夫?
団蔵が手を当てている肩の辺りを庄左ヱ門は見た。
肩から背中にかけて、見えている限りの肌は赤くなっていた。
先程留三郎が言っていた、団蔵は傷を負ったことを思い出した。
「川に落ちた時の傷だろ?!痛むんなら無理しないで!
「っつー…。いや、痛いというか、ヒリヒリする…。
「あぁ…。
そしてそれを文次郎が治療したと言っていたのも思い出す。
ギンギン忍者の六年生の治療なら効果は良さそうだが反面、副作用もありそうだった。
「傷は平気。それより、庄左ヱ門。ケガしなかった?
「……。
団蔵は改めて庄左ヱ門に手を伸ばして、肩のところや腕や足などをぺたぺた触ってきた。
その様子がおかしくて団蔵に気付かれないように庄左ヱ門はこっそり笑った。
「団蔵が守ってくれたから大丈夫。どこもケガしてないよ。
「あれ?庄左ヱ門、なんで知ってるの?
「食満先輩から聞いたの。川に落ちる前にぼくを守ってくれたって。
「あ、なーんだ、そっか!先輩から聞いたのかー。
団蔵が、庄左ヱ門が団蔵に助けられたことを知っていたことに動揺といおうか、焦っているような恥ずかしがったような反応を返した。
「てっきり庄左ヱ門が覚えてたのかと思ったー。
「『おれが守る』って言ったこと?
「…!
今度こそ団蔵は顔を赤くして庄左ヱ門を見た。
対する庄左ヱ門もいたずらっぽく笑っているが、その頬は団蔵と同じくらい朱に染まっていた。
「な、なんだ。気が付いてたのかよ~。
「嬉しかったよ。
「…へ?
「団蔵が、ぼくを助けようとしてくれたこと。
「まあ…、だってさ、友達を助けるのって当然だろ。先輩方もいらしたけど、なんとなくおれが庄左ヱ門を助けなきゃ!って思ったんだ。
「でもケガとか大したことなくてよかったよ。
「…心配かけてごめ……は、クシュっ!
会話は団蔵のくしゃみで途切れた。
団蔵は水に濡れた肩衣一枚である。
庄左ヱ門は羽織っていた自分の布を団蔵にかけてやった。
「ありがとう。
「ケガはなくても風邪引いちゃあしょうがないだろ?
お互い、助けたと思ったら助けられて。
二人は顔を合わせて笑った。
すっかり夜も明けていて澄んだ空気が漂う。
濡れた体には涼しすぎるけれども。
「明るくなったら忍術学園に帰ろう、ね…。
空を見上げていた団蔵が庄左ヱ門に向き直ると、彼はまぶたを辛うじて開けてはいるが今にも転がりそうなくらいうとうとと体が揺れていた。
団蔵はびっくりして珍しいものを見るような目で庄左ヱ門を見た。
眠い?と聞こうとした口を閉じて、そっと庄左ヱ門の肩に手をかけて抱き寄せようとした。
しかし抱き寄せるまでもなく庄左ヱ門はそのまま団蔵の肩口に倒れこんだ。
またもやびっくりして後ろに倒れそうになったのをなんとか踏ん張って、団蔵は庄左ヱ門の体を支えた。
既に庄左ヱ門からは規則的な寝息が聞こえていた。
結局今回のオリエンテーリングは一日で終わり、昨晩は一睡もせずにゴールに向かって走らされたのだ。
さすがの学級委員長でも疲れて眠ってしまうのは当然だろう。
「……。はんぶんこ。
小さな声で言うと、団蔵は庄左ヱ門にかけてもらった布を庄左ヱ門ごと自分を包むようにして羽織った。
そして団蔵も急に温くなって庄左ヱ門を支えながら眠りに落ちていった。
「……。
「今回はずいぶん後輩に甘いな、文次郎。お前のことだから気絶するなんて鍛錬が足りん!と怒鳴ると思ったが?
「…フン、いつも学級委員長の庄左ヱ門に頼りっぱなしな団蔵が根性を見せたんだからな。たまには大目に見てやっただけだ。
「二人きりにさせてやるなんて粋なことしやがって。
「別にそんなつもりはない!俺は留三郎、お前との決着をつけようと…。
「それにしてはさっきからずーっと団蔵達の方を見ているが?
「うるせえ!お前こそずっとあの二人をニヤニヤしながら見てたじゃねえか!
「ニヤニヤしてたのはそっちだろ!
「あんだと!?
「やるかぁ!?
「「ぐぬぬぬぬ……!
「あーあ。結局潮江先輩達は勝負を始めちゃったよ。
「あぁ、なんと美しい友情だろう!だがそれもこの滝夜叉丸がいては私のこの美しさには到底及ばずぐだぐだ、ぐだぐd
「ふごぉー、ふごぉー。
「て、喜八郎!私の話を、目を開けたまま、立ったまま、デカイいびきで邪魔するんじゃない!というか起きてるだろ!
「静かに!一年ボーズ達が本当に寝てるんだから!
「「「先輩方、うるさいでーす。
騒々しい周囲をよそに、一年は組の二人は昼まで眠り続けた。
おしまい