橋から落ちた後
……、う…ぅん
「気が付いたか?
「ぁ、食満留三郎せんぱい…?
庄左ヱ門が目を覚ますと、留三郎とその後ろに遠い空が見えた。
仰向けに寝かされていると判断して身を起こそうとするが、手をついたところが不安定で起き上がるのに失敗した。
庄左ヱ門の体の下には、乾いた葉が敷かれていた。
それは河原のごろごろとした石の上に寝かせた体を痛めないようにするためだった。
留三郎が声をかけながら庄左ヱ門を起こす。
「無理するな。
「ありがとうございます。あの、何があったのですか?
庄左ヱ門が覚えているのは、谷にかかる橋が崩れて川に向かって落ちていくところまで。
今は南蛮衣装ではなく乾き始めたいつもの黒い肩衣(南蛮衣装の下に着ていた)姿で、河原に焚いた火のそばで横になっていた。
乾き始めてはいるが少し湿っぽい髪や衣服の感じから川に落ちたことは間違いないだろう。
「橋が崩れた時に居合わせた全員があの川に落ちて、上級生がパートナーの一年生をサポートして河岸まで運んで救助したんだ。
留三郎が顔を上げたその視線の先を見ると、少し離れたところに同じように焚き火を囲んだ忍たまが何人か集まっている。
焚き火の近くに座って寒そうに布にくるまっている小さい影が三つ、その後ろに立っている影が三つ。
「ぼくのパートナーは滝夜叉丸先輩ですが…?それに…。
向こうの焚き火にあたっているのは一年い組の二人と一年ろ組の平太のようだ。
立っているのは四年生の綾部喜八郎、田村三木ヱ門、そして平滝夜叉丸だろう。
喜八郎と三木ヱ門はい組二人のパートナーだが、滝夜叉丸のパートナーは平太ではなく庄左ヱ門だ。
それに、橋にいたもう一組のペアが見当たらない。
「庄左ヱ門達は川から上げた時気を失っていたからな。俺と文次郎がそれぞれ看病することになったんだ。
どうやら川に落ちたところで気絶したらしい。
一年生とはいえ忍者のたまごなのに情けないなあと、庄左ヱ門は少しだけ悔しがった。
容態の良くない下級生の面倒を最上級生の六年生二人が見るのは当然だろう。
納得しかけた庄左ヱ門は、留三郎の言葉の中で気になることがあった。
「あの…今、ぼく『達』と仰いましたか?
「……。
見当たらない同級生と、自分以外に具合の良くない人物が一致するのではないかと、庄左ヱ門は不安を隠しきれない表情で留三郎に尋ねた。
対する留三郎は穏やかに微笑むと、焚き火を挟んだ向こう側に目を向けた。
赤く燃える火の向こうには六年生の潮江文次郎が気難しそうな顔をして座っている。
更に文次郎の視線の先を追うように庄左ヱ門が体を起こすと
庄左ヱ門と同じように団蔵が横たえられていた。
「団蔵…!
「安心しろ。息はある。
文次郎が短く乱暴に団蔵の無事を告げた。
「…庄左ヱ門。
後ろから留三郎の優しい声が聞こえて、庄左ヱ門は振り向いた。
「団蔵は、お前を助けようとして溺れかけたんだ。
「…え!
「川に落ちる直前に庄左ヱ門の体を守るように抱き締めて、気を失ったお前を川の中から岸まで運ぼうとした。しかし所詮一年生の忍たまの力では自分と同じくらいの背丈の子供を抱えて泳ぐことなんてできず、徐々に沈んでしまった。そこを文次郎と滝夜叉丸が急いで二人を助け出したんだ。
団蔵はそこで溺れかけて気を失った。
「団蔵には水面に強く体を打ち付けた痕があったが文次郎が治療しているから大丈夫だろう。そんな体なのに庄左ヱ門を助けようとしたのは、無謀だが大した根性だったよ。お蔭でお前は無傷だしな。
聞いている内に
落下している時のことがぼんやり甦ってきた。
落ちる体、強く目を瞑り、体を丸めようとする。
するとそこに
何かに体が包まれる感覚、頭を何かに押し付けられて、でもそれは優しい温もりで。
そして聞こえたことば。
大丈夫だよ、おれが守るから。
そこで途切れた記憶。
ぼーっとした顔でそんなことを思い出していた庄左ヱ門を見て、留三郎は心配そうに尋ねた。
「大丈夫か?無理に思い出そうとしなくてもいいんだぞ。
「……。
はっとして庄左ヱ門は介抱してくれた六年生を見上げ、あの時の記憶を思い出し、急に恥ずかしくなった。
「…、覚えてないです。
「そうか。
その返事に、留三郎は少し口元が緩んだ。
庄左ヱ門の言葉とは裏腹にその表情には団蔵に助けられたことに対する感情が浮かんでいた。
頬を染める朱色にどんな意味があるのかはともかくとして。