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黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 24

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 不埒です、ふしだらです、とメアリィは紅潮しきった顔でシンに罵声を浴びせた。
「落ち着けよ、今は緊急事態だっただろ? このままじゃ間違いなく姉貴は衰弱死してたんだからな」
 シンの言うことは正しい。ヒナは自分で丸薬を飲み込むことさえできないほどに弱りきっていた。飲み込めなければ、体力をたちどころに回復する丸薬をもってしてもヒナを助けることはできなかったであろう。
 メアリィには分かっていたが、それでもシンの行動を黙って見過ごすことはできなかった。
 それは潔癖の性ゆえではない。女として、同じ女が大切な何かを目の前で奪われたのを感じる、何とも言えぬ感情によるものだった。
「……んっ」
 ヒナは気が付いた。そして同時に、口の中が表現のしようのない味に包まれているのに驚いた。
「っ!?」
 ヒナは口を抑え、片方の手を宙に泳がせ苦しんだ。
「ああほら、これを……」
 シンは水筒を差し出した。ヒナは水筒を引ったくり、狂ったように空を仰いで口に水を流し込んだ。
 水筒には半分ほどしか水が残っていなかったが、ヒナはそれでいくらか落ち着いた。
「ごほっ、ごほっ……! ちょっとシン、何て事してくれたのよ、死ぬかと思ったじゃない!」
「何言ってんだ、実際死にかけてたろ?」
「あまりの臭さでショック死する所だったわよ!」
 ヒナは捲し立てるようにシンを責める。
「何だよ、こっちも不味い思いしながら助けてやったってのに、そりゃねえだろ」
 シンは口を尖らせる。
「シンも不味い思いを? そういえばあなた……」
 ヒナに朧気ながら記憶がよみがえってきた。
 唇に何か柔らかなものを押し当てられたような気がする。その後に口の中にものすごいものを流し込まれた。
「まさか、あの時のって……?」
 ヒナは何かの間違いであってくれと願った。しかし、シンは現実を伝える。
「ああ、オレが口移しで超兵糧丸を飲ませてやったのさ」
 ヒナは受け入れたくない事実を突き付けられてしまった。
「くくく、口移し!?」
 ヒナは、普段冷静沈着な彼女からは想像できないほどの狼狽を見せた。
「シン! 何て事してくれたのよっ!? あたしの初めてを超兵糧丸なんかの味にしてくれるなんて……」
 ヒナはまるで、この世の終わりを迎えたかのように、頭を抱えて俯いた。
「なっ、何だよ、何でオレが悪いみたいになってんだよ。ああしなきゃ、姉貴は死んでたんだぞ!?」
 見たことのない姉の慌てぶりに、シンも焦り始めた。
「シンは何も分かってませんわ! 女性にとって、その、く、口づけがどれほど大切なものか……」
 メアリィまで赤面しながら口を出してきた。
「なっ!? く、口づけって、オレはそんなつもりじゃ……!」
「……おい」
 敵の痴話喧嘩に業を煮やしたセンチネルは声をあげる。
「いつまで茶番を演じているつもりだ? もう俺は回復した。戦うのならさっさとかかってこい」
 図らずも敵のセンチネルが、シンの助け船となった。
「あ、ああそうだ。オレは戦いに来たんだ。姉貴、悪いが話はもう終わりだ!」
 シンは立ち上がり、センチネルに向いた。
 センチネルは言葉通り、一切傷を残すことなく回復していた。ヒナが決死の覚悟で与えたダメージは全く見えない。
「そんな……」
 ヒナは自らの努力が全くの無駄になってしまったことに絶句した。
「姉貴、いろいろ言いたいことはあるだろうが、それはこの戦いが終わってからだ。文句ならあとでたっぷり聞いてやるよ……」
 シンは着ていた外套の紐を解いて脱ぎ捨て、双刀を抜き放った。
 抜くと同時に、漆黒と白銀に変化するはずの双刀は、やはり全く変化しない。
「ちっ、やっぱり変わらないか。どうやらお前と戦うには、小細工抜きで純粋に当たるしかないようだな!」
 一月前に戦った時と違い、シンに恐れる様子はなかった。
「気を付けなさい、シン。あいつには、あたしの天眼をもってしても敵わなかった。それどころか、あたしが身を削って与えたダメージも回復されてしまったわ……」
 できることならヒナも、共に戦いたかった。しかし、得物の刀は砕け散り、丸腰で体術を使って戦ったとしてもまるで歯が立たず、シンの足手まといにしかならないであろう。
「剣さえ折られてなければ……!」
 メアリィのエナジーと、シンの乙女心をまるで解さない処置により、ヒナは完全回復していた。それ故に戦えない自分が許せずにいた。
「安心しな、オレも奴にはたっぷりと礼をしなきゃならんことがある。やすやすとやられやしねえよ……」
 シンはヒナの肩を叩き、センチネルとの戦いに赴いていった。その時ヒナに見えたシンの横顔は、絶対に相手を倒すという決意に満ちたものだった。
「シン!」
 シンは振り返ることなく、センチネルに向かって歩いていく。その距離は間合いの外、間合いの内、そして至近距離に入ってシンは足を止めた。
 攻撃する様子は一切見えない。センチネルもそれを見破っていたのか、シンが近付いてきても微動だにしなかった。
 シンとセンチネルは並んだ。身長はセンチネルの方が僅かに高く、シンはヒナほどは輝かない翡翠色の瞳でセンチネルを見上げる。
「貴様のその眼……」
 センチネルは静かに発した。
「なるほど、以前よりは楽しめそうだ」
「ああ、がっかりはさせねえよ」
 シンは答える。
「さて、挨拶は抜きだ。早速始めるとしようぜ!」
 シンの姿が消えた。次の瞬間、シンはセンチネルの頭上に出現した。
 センチネルは慌てることなく攻撃を防ぐ。攻撃を防がれたシンは宙返りし、着地と同時に再び消えた。
 次に狙いを定めたのは、センチネルの足下であった。水面蹴りの要領でセンチネルの足を払い、転ばせようとした。
 しかし、センチネルは魔法の翼を広げて飛んでかわし、シンの顔面めがけて蹴りで反撃した。
 シンは飛んできたセンチネルの足を武器で弾き返した。そして弾く勢いそのままに回転し、センチネルの頭へと刃を向ける。
 刃はセンチネルの顔の横寸前、剣で受け止められた。
 シンは後方に大きく跳びながら間合いを開いた。
「何とも小賢しい攻め手だな。先読みしにくい」
「ふっ、それこそが忍者の戦いさ」
 シンはこれまで、自らを忍者、または忍と呼んでいた。しかし、変幻自在の忍術という力こそ持っていたが、それはエナジーに頼りきった力に他なかった。
「忍の戦いは、派手なことはしない。逃げて生き延びることこそが肝要、オレはそれに気付いていなかったんだ。お前を倒すことに夢中でな」
 シンがこれまで忍術と呼んでいたものは、センチネルのように、空中に放電することで塵を発火、爆発させたり、強力な雷を落とすなど、風のエナジーが正体であった。
 生きるため、死なないことだけを考えた小細工だらけの技術、それこそが本当の忍術だとシンは気が付いたのだった。
「さて、どんなに汚いと罵られようと、これからオレはどんな手でも使うぜ。オレらがやってんのは、ルール無用の殺し合いなんだからな!」
 シンは後方に宙返りした。着地した瞬間、シンの姿が三つに分かれていた。
「分身か!?」
「さあ、本物のオレはどれか分かるかな!?」
 分身した三体のシンは、前方、左右からセンチネルに攻めかかった。