光の帝国
強い風が雨粒を窓に叩き付ける。リーマスの目が訝る色を増した。
「・・・意味が分からない」
「分からない?」
強くフラッシュが焚かれ、そのすぐあとにがらがらと大きな石を転がすような音がした。
ヒュプノスはまだ獲物を離さない。
「君が彼に、失って欲しくない何かを見ているように、僕も君に失って欲しくないものがある」
身体ごと僕に向けて、リーマスは僕の目を覗き込んだ。眼窩の奥に捜し物をするみたいに。光が閃く。部屋に貼りついた鮮明な影は一瞬で消える。風は唸り続けている。
「君にも守護と封印を」
僕がそう言うと彼はふと視線を弱め、それから薄く笑った。
「君には敵わない。10年経っても、今の君にはきっと追いつけない」
「まさか。今の君に僕はきっと永遠に追いつけないよ」
本気だったのだけれど、彼はそう受け取ってはくれなかった。はいはい、と流して、彼はジョークに応えるときのようにくすりと笑った。
「笑うところじゃないよ。じゃ、はい、目を閉じて。」
「なんだか、医者が"口開けて"って言ってるみたい」
笑顔を作って首を竦めて、リーマスはベッドに目を向けた。彼の視線の先で僕の友人はころんと寝返りを打った。リーマスはそれをすいと目を細めて見つめる。
薄暗い部屋の中で、まぶしいものを見るときの顔で、見つめる。
「僕はいいよ。それは、彼に」
「リーマス」
「さっきはごめん、君はなにも悪くなかったのに」
「大丈夫だよ」
「ジェームズ、彼を」
「大丈夫」
「彼は」
「大丈夫」
腕を軽く掴むとリーマスは大きく息を吐き、ぼそりとまた謝った。彼はベッドを見つめたまま動かなかったから、僕が続けた。
「彼はひどくまっすぐだ。だから器用かと思えば、いきなり不器用だったりする」
リーマスは頷かず、けれど否定しない。
「でも、それが彼の在りようだ。そうだね?」
小さく、頷く。色素の薄い瞳が捉える先にはただ深い眠り。
「彼は強く在ろうとしてる。強く在ろうとするものは、そうでないものより強い。そう思わない?」
「・・・思う」
「彼はバカだけど、頭の回転は悪くない。あのスピードと精度でものを考えるくせに、結局殴って解決しようとしたりするから、やっぱりバカだけど」
「バカなんだ」
「バカだろう」
賭けてもいいよ、と言うと、ひどいなあ、とリーマスが笑った。やっと。
「それに彼には君のキスがある。あれで、彼は無敵も同然だ」
「それはすごいね」
「あれ、信じない?」
リーマスは笑うばかりで答えなかった。掴んだ腕を軽く引き寄せると、笑顔のまま僕を見上げた。
「そういうわけだから」
「なにが?」
「そろそろ目を閉じる気になった?」
リーマスはきょとんと僕を見つめ返して、それからふわりと笑った。
「ならないよ。それは彼に、ってば」
「そんなことをしたら僕は彼に殺される」
「僕もばれたら怒られちゃうかな」
「怒られるくらい良いじゃないか。僕は命がかかってる」
薄闇が支配する部屋で交わす笑みはいつもと変わらず軽く穏やかで。
いずれにしても
僕は君のことも心配なんだよと言うことは躊躇われた。
閃光のあと雷鳴が響くまでの時間を数えられるほどになって、僕は彼の腕を一度強く掴んでから、離した。僕に掴まれていた箇所に触れながらリーマスが、だいじょうぶ、と誰に向けるでもなくぽつりと呟く。
窓の向こうでは厚い雲が流れて、その裏側にある太陽が小さな切れ間を銀色に縁取った。細い光が夜明けのように闇を薙いで静かに地上に降る様を、僕とリーマスは息を詰めて見つめた。少しずつ明度を増す世界。けれど致命的に貼りついた闇は不明瞭に世界を覆ったままだ。僕は振り返る。顔を上げたリーマスににこりと笑って見せた。リーマスは一瞬表情に迷い、それから笑みを返してくれた。ベッドの主にひとときの安寧を与え賜うた神にこころからの感謝を唱えながら、僕はシンプルな言葉で眠りの枝を払った。
「起きて、シリウス。夕食の時間だ」
いつ晴れるともしれない闇は深さを増して、ガラスの向こうで息を潜めて僕たちを見ている。
大丈夫、と言葉に乗せる。拓く未来を信じてる。銀色の細い光は、掴み取るためのもの。
僕たちは決然と、顔を上げて。