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指先から、魔法

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指先から、魔法~マジック~


 目の前に吸血鬼がいた。

 だが安心してくれ、本物じゃない。吸血金の仮装をした奴ってことだ。
 まあたとえ本物だったとしても、どうにか切り抜けられる自信はある。特に今日は魔道書も持ってるしな。
 しかし、ここはどこだ?
 俺は確か毎年恒例になっている勝負の為に、アメリカの家に向かったはずだ。
 だがいくら目を凝らしても辺りには、日本も、ついでにコルコル言ってやがったロシアもいない。俺が三日かけて召喚した精霊も見事にどこかへ消えてしまっている。
 何もない空間には薄ピンク色のもやが広がっているばかりだ。そしてここにいるのはいつの間にか床に転がされて眠っていたらしい俺と、
「やあ、気付いたみたいだね」
 にこにことそう言って、跪くような格好でこちらを覗き込んでいる吸血鬼姿のアメリカだけだ。
「…ああ。…おいアメリカ、ここはどこだ?」
 さっきまで確かにお前の家のリビングにいたよな…と首を捻りつつ体を起こそうとしたが、何故か重石を置いたように重い体がいう事を利かない。
 焦ってもがいていると、「大丈夫かい?」と優しげな声が聞こえて、同時に横から腕が差し差し出された。
「わっ」
 ふわりと抱き起こされて、間抜けな声を上げた俺に「どうだい? よく似合ってるだろう」とウィンクして見せたアメリカは、さっきも言った通りドラキュラ伯爵の仮装をしている。
 黒いタキシードとマントを着て、とがった耳も装着済みという分かり易い衣装は、本人の言う通りかなり似合っていた。
 ここで俺は、ばっちりだぜ! とか言って親指でも立ててやれば良かったのかもしれないが、お前人の話を聞よ。俺はここがどこかって聞いてたんだろ。
 普段ならそう窘めたところだが、抱きしめているようにな体勢は、とても普段どおりとは言えず。その上、一向に体を離そうとしないアメリカに、動揺した俺の口は上手くまわらない。それどころか、意味不明に熱くなった自分の頬に困惑するばかりだ。
 何だ…何で俺はこんなに焦ってんだ? どれだけ似合っていても所詮は野郎の仮装姿だ。とは言っても相手が相手だからな。ちょっと得意気にしてるのなんかは…か、かわいかったりするが、それだけのはずだ。
「ま、まあ。いいんじゃねぇか」
 弟同然の相手に、ありえない胸のざわつきを感じた俺が、内心の動揺を隠すように、わざとそっけなく返すと、アメリカは『君の考えている事なんてお見通しだぞ』と言わんばかりの悪戯っぽい笑みを浮かべる。
 その笑顔と肩に背中に回された手の感触に、心拍数をじわじわと上昇させていると、
「ありがとう。そういってもらえて嬉しいよ。……君の格好も素敵だね。まるで、俺に捧げられたサクリファイスだ」
 いつのまにか笑顔の種類を妙に色っぽい方向へシフトさせたアメリカが、耳元で囁く。
「え、な、何いってんだ。俺は別にいつも通り…」
 優しげに細められた空色の目から逃げるように視線を落とすと、そこには────俺はいつ脱いだっけか。
「おわっ!」
 視界に広がった見慣れた肌色に、俺は何故かそれだけは付けたままだった古い儀式用の外套の前を慌ててかき合わせる。
 言うまでもないが、その下は全裸だ。下着すらつけていない。
 不味い! ある意味最初に目を覚ました時よりもっと不味い。
 酒が入った時や家で寛いでる時なんかに、ふと気付けば脱いでたりするのは俺の悪い癖だが、なるべくこいつの前ではやらないよう気を付けてたっつうのに…!
 しかも外套があって助かった気分になっていたが、逆にそのせいで変態度が増している事に気付いた俺は、一気に青ざめる。顔を上げられないまま、これでせっかく最近になってようやく友好的になってきたこいつとの関係もまたふり出しか? と己の全裸癖を呪っていたその時だった。
「…それじゃあ、早く血を吸わせてくれないかい?」
「は?」
 何言ってんだこいつ。
 思わず目が点になった俺に構わず、アメリカは切なげな顔に眉を寄せて、
「もうお腹がぺこぺこなんだ! 頼むよイギリス、君の血を吸わせてくれ!」
 そんな顔するくらいなら何でさっさと言わねぇんだ。待ってろ俺がどうにかしてやる! とは思うが、残念ながらまったく話が見えてこない。
 呆然としている内に、いつの間にか背中に回っていた手が触れている箇所を撫で擦るようにするように動き始めた。その妖しい仕草に、再びかっと頬に上った熱でさっきまでのまぬけな驚きが吹っ飛ぶ。
「ちょっ…。ま、待て。と、取り敢えず腹が減ってんだな?」
「うん。だから早く君の血を…。ああ、さっきからいい匂いがしてて、もう堪らない…」
よく解らない訴えと共に首筋に顔を埋められて、そのままクンクンと匂いを嗅がれる。その感触に俺は思わず「んっ…」と肩を揺らした。
「馬鹿止めろ! に、匂いってなんだ。犬か!」
 自分の出した可笑しな声に、真っ赤になりながら、理解不能なガキの体を必死に引き剥がそうとするが、びくともしない。
「違うぞ! 吸血鬼だっていってるじゃないか」
 この言葉に俺はぴんと来た。
 つまり、こいつは仮装をしただけじゃ飽き足らず、なりきり遊びをして楽しんでいるわけだ。
 俺の怒りゲージが、音速程度の素敵な速度で跳ね上がる。
「…おい、ドラキュラごっこなら他をあたれよ」
「ごっこじゃないぞ。酷いな君は、俺がこんなに困ってるっていうのに…」
 肩口でアメリカが哀れそうな声を上げたが、もう誤魔化されねぇぞ。
 からかわれたのだと確信した俺は、酷く惨めな気持ちで唇を噛んだ。
「……困ってんのはこっちだ。いくらハロウィンだからって性質の悪い悪戯は止めろ」
「悪戯じゃないぞ! ……悪戯?」
 この期に及んで否定した後、もごもごと最後に何か呟きつつ首をかしげるというすっとぼけた態度のアメリカに、俺はぐっと眉を寄せる。
「うるせぇ! いい加減離せ馬鹿野郎!」
 ぴしゃりと言い切ると、流石に俺が本気で怒っている事に気付いたんだろう。背中を撫で回していた手が動きを止めた。
「…そっか…」
 小さな呟きと共に顔を上げたアメリカの目は、ばつが悪そうに伏せられて…は無かった。
 寧ろ大きく見開かれたそれは、さっきの哀れな姿が嘘の様にキラキラと輝いている。
 間違いなくかわいいが…。見るからに性質の悪い悪戯小僧の目です。
「悪戯して欲しかったんだね!」
「違ぇよ!」
 やっぱりかよ!
 速攻で否定するが、うんうんと頷きを繰り返すアメリカは、一人で意味不明に納得しているようだ。
 ……お前は…人の話聞けよ…ばかぁ…。
「そうだよね。だって君まだお菓子くれてないし、つまりは悪戯をしてくれってことなんだろう?」
 通常ここの場面ではありえない問いに、いったいどこから突っ込んでいいのか迷っていれば「ごめんよ。気付くのが遅くなっちゃって」と自答で解決させたアメリカの腕にぐっと力が篭る。
「わっ」
 突然抱きしめられて、思いっきり間抜けな声を上げた俺の額にちゅっと音をたててキ…キスしやがっ……あああああ!
 あまりの事態に抵抗する事も出来ないでいる俺を、僅かに体を離したアメリカが覗き込んできた。
「悪かったよイギリス…お詫びに君のとっても喜びそうな悪戯にするからさ」
作品名:指先から、魔法 作家名:さんせい