指先から、魔法
優し気な声で囁くアメリカの目に、真っ赤に頬を染めた顔が映っている。吸い込まれそうなその瞳の色に、俺は視線を外す事が出来なくなった。
やべぇ…。やべぇだろこれは…! 何せいつもはくるくると色んなものを見ているアメリカの目が、今は俺だけを見て……。
見上げた格好のまま魅入られたように固まった俺に、アメリカは本物のヴァンパイアのように豪奢で色めいた笑いを浮かべる。そして再び抱きしめられた俺は、押し付けた頬に感じる逞しい胸の感触に陶然とした。
「…はじめようか」
耳元で楽しげな声が聞こえ、ゆっくりと体を倒される。
ああ、このままどうなっちまうんだろう。いや、アメリカになら何をされたって…。
辺りを漂うピンクのもやに、脳までやられたような事を考えていると、ペコッ☆ ペコペコッ★ という妙に軽快な音が聞こえてきた。
「さあ、君の好きなのはどっちだい?」
「え…?」
視線をめぐらせた先でにっこりと笑うアメリカの両手には、それぞれえげつない形状のものが握られている。
明らかに大人の玩具じゃねぇか。
しかも持っている本人の優しげな笑顔とのコントラストが眩しいそれは、どう見ても入れて楽しむ系のそれだ。
ちょっと待て。そして顔の横で軽く振ってみせたりすんな! あと右のやつ、それ色からしてぜってぇ蓄光塗料つかってんだろ。俺はもっとノーブルな趣味だ馬鹿!
内心でわめきちらしつつも、実際は驚きで声もでない状態の俺にアメリカは気取った仕草で肩を竦める。
「何だいどっちも気に入らないのかい? 我侭だなぁ君は」
「じゃあ沢山だすから。ちゃんと選んでくれよ」と手に持っていた玩具を地面に置いて、 にぎにぎと準備運動のよう指を動かした後、物凄い速さで空中を掴み始めた。
「ほら! こっちはどうだい? これなんて最新式だぞ!」
ペコッ☆ ペコペコッ★☆ ペッコリーッ★
連発する音と共に次々ととんでもない玩具が出現する。
「お、おい。アメリカ…」
「なんだい? 気になるのがあった?」
いや、その前に何がどうなってるのか解らない。
混乱しきった俺がオロオロと視線を迷わせていると、ふっと小さく息を吐いて笑ったアメリカが、片手で頬に触れてくる。
「それとも俺が決めてあげようか? 君、俺の事が大好きだもんね。なら、なら俺が選んだやつが一番いいだろ」
妖しい囁きと共に唇を指でなぞられて、俺は思わずびくんと体を揺らした。その様子に酷く楽しげに、だが酷薄そうに目を細めたアメリカは、いつの間にか服を着ていない。そして増え続ける大人の玩具たち。
これはまるで…。
「まるで…? なんだい?」
思わず口に出していたらしい俺の言葉を先を促しながら、大きな体がゆっくりとのしかかってくる。
「まるで……あんっ…マジック…!」
本物の吸血鬼のように首の付け根に歯を立てられて、堪らず喘いだ俺にアメリカは───────。
「変な声出してないでとっとと起きやがれですよ!」
「へぁ…?」
ぺちんと頬を叩かれた感触に目を開ければ、飛び込んできたのは小生意気そうなガキの面だ。
俺の腹の上に乗っかっているそいつと目が合うと「あ、起きた」と呟いた。
ちなみに俺は床ではなく見覚えのあるリビングの、これまた見覚えのあるソファに寝かされている。
夢…か…。そ、そうだよな…あいつがあんな事するわけねぇよな。
現状を把握した途端、巻き起こったとんでもない羞恥と自己嫌悪スパイラルに、いっそ殺してくれ…! と叫びそうになっていたところで、目の前の黒頭巾が、大声でどこかへ呼びかけた。
「おーい。イギリスの野郎が目を覚ましたですよー!」
つうか、こいつが身動きの取りづらかった原因か…。
ガキ相手に八つ当たりなんざできる筈もなく、ただ脱力してため息を繰り返していると、
「やあ、ようやくお目覚めかい?」
「イギリスさんお久しぶりです。大丈夫ですか?」
リビングのドアが開いて、そこから二人のフランケンシュタインがひょっこりと顔をだした。
吸血鬼じゃなくて良かったと、心底ほっとしつつもどこか残念に思っている自分に気付いた俺は、うああと身悶える。
「わっ! ど、どうしたですか。さっきから気持ち悪いですよ」
途端に気持ち悪そうに涙目になったシーランドの頭に、歩み寄ってきたアメリカがぽんと手を置いた。
「寝不足で脳細胞までやられちゃったのかい? まったく、いくら楽しみだからってハロ ウィンの準備で三日三晩徹夜するなんて、子供じゃないんだから…。君が眠りこけてるあいだにロシアは帰っちゃったぞ」
「そ、そうか。……しかし、あいつよくすんなり帰ったな」
「ああ、、子供が来る予定があったからね。情操教育に悪そうなものは徹底的に禁止しようと思ってさっさと帰ってもらったんだ」
お前、呼びつけといてそれはないだろ。と言いたいところだが、俺としてもいないに越したことはないので、まあいいか。
そして呆れ顔のフランケンが言うには、、もう一人の来客兼助っ人は、折角だからとハロウィンの街を見物しに出かけていったらしい。
そう説明しつつ「俺がちゃんと案内するつもりだったのに…」と文句を言われて、
後ろめたい思いを引きずっていた俺が素直に謝罪すると、アメリカはちょっと驚いた顔をした後、ふいっと視線を逸らした。
「……とにかく目が覚めたんなら行こう」
言うが早いか、相変わらず俺の上に乗っかっていたシーランドを持ち上げて自分の肩に乗せると、入ってきたドアに向かってさっさと歩きだす。
「まったくです。イギリスの野郎なんか置いていっちゃうですよー」
やーいと楽しげに騒ぐシーランドを軽く睨みつつ体を起こすと、いつの間にか隣に立っていたカナダが「あの…」と遠慮がちに口を開いた。
「あんまり気にしないでくださいね。僕が遅刻しちゃったせいで、どうせアメリカは家からでられなかったでしょうし…」
心優しいフランケンのフォローに、俺は苦笑しつつ、だが逆に落ち込んだ。
それはつまり。俺だけだったら置いてけぼりくらってたつうことになるんだよ…カナダ…。
「い、いや。そんな事ないですよ! シーランド君が早く出かけようっていってたのを…」
「あ! そうだ」
突然上がったでかい声に、カナダの必死なフォローがかき消される。
驚いて視線を巡らせれば、せっかちな方のフランケンが、ドアのところに立って、こちらを見ていた。
つぎはぎメイクの男は、俺を見てニヤリと笑うと、
「君、あのクソ不味いお菓子を持ってきてるんだろ」
「あー! そうですよ。イギリスの野郎さっさとお菓子をよこすです!」
後を追うように声を上げたシーランドと一緒になって「さもなきゃ悪戯するぞ!」と脅されちゃあ仕方がない。俺は黙って菓子を巻き上げられた。
悪戯と聞いてさっきのとんでもない夢を思い出さなくもなかったが、何せ実質弟三人に囲まれてきゃっきゃうふふの幸せ空間だ。取り敢えず現状を楽しもうと思った。んだが、完全に忘れさってしまうには、あまりにもインパクトがありすぎたな。
結局、日本との待ち合わせ場所に行く道すがら、俺は気を抜くとうっかり蘇ってくるアレコレに赤くなったり青くなったりを繰り返している。