指先から、魔法
あー…。一体、何だってあんな夢見ちまったんだ。
首を捻りつつ、隣を歩くアメリカをちらりと盗み見る。歩きながらもぐもぐと口いっぱいにスコーンを頬張る姿からは、夢の中での妖しい雰囲気はかけらも感じられない。
妖精の悪戯か何かだったのか、それともただ疲れてたせいで妙な夢をみちまっただけなのか…。
「イギリス」
「うぉ!」
いつの間にかぼんやりとアメリカを見つめ続けてしまっていた俺は、突然本人に話しかけられて飛び上がって驚いた。
同時に跳ね上がった心臓に、よくわからない汗をかきながらも「…お、おお。何だ?」と返す。
俺の妙な反応に一瞬訝しげに眉を寄せたアメリカだったが、直ぐに見慣れ(ているのが情けない)た呆れ顔になると、
「このスコーン。何時にもまして変な味がするけど、もしかしてハロウィンバージョンって事で蕪でも入れたのかい?」
「……パンプキン味だ!」
「へぇ。どうりで緑っぽいと思った! 皮だけ入れるなんて君は随分節約家なんだな」
ニヨニヨ笑いつつ追い討ちをかけられて、俺はがっくりと肩を落とした。
くっそ。お前が最近体調悪いからって、特別にまじないをかけたシナモンも入れてやったってのに。
しかし、そんな事を言えば妙なものを混入するなと怒り出す事は目に見えているので、仕方なく俺は「皮はいれてねぇよ!」とだけ答える留めた。
「えっ……じゃあ何であんな色になってたんだい…?」
若干顔を青くしたアメリカが「全部食べちゃったじゃないか…」と呟く。
「知るか!」
つうか食い物の色については、お前に何もいわれたくねぇ。
「……まあいいや。君の料理がいつも兵器的威力を備えているのは分かりきってるからね。ヒーローの俺が処理してしかるべきだ」
息交じりに大仰な台詞を吐く自称ヒーローを睨みつけてみたが、本人はすっかり元の調子でのんびりと歩いている。
「いつも思うんだけどさ。何で普通の材料を使ってるのにこんな味にできるんだい?」
言いながらアメリカは、自分の口元を指でなぞった。
無造作なその仕草が、さっきの夢と重なって俺は派手に動揺する。そしてそれと一緒に沸きあがった妙な予感に、ぐっと胸が締め付けられた。
だが俺の戸惑いなんてまるで気付いていないアメリカは、指に付いたスコーンの破片を、行儀悪くぴんと弾いて飛ばす。
指先から一緒に散ったシナモンが、かぼちゃと混ざって仄かなオレンジ色の光を放った。
「まるで魔法みたいだね」
いつもなら、俺の前では絶対に口にしないだろう言葉を使ったアメリカに驚いていると「悪い魔法使いなんだ。君は」とニヨニヨと笑われる。
だが、そんな事を言いながら、こいつはこの時魔法をかけた。
それに俺が気付くのは、もう少し後の話だ。
END