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未来福音 序 / Zero―オレンジパイ―

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「どうだろうね。確かに、僕がここでいくら言葉を重ねたとしても、君には届かないだろうね。君はすっかり殻に閉じこもってしまっているから。だけど、このままじゃ君は殻を破れず、死んでしまうだろう。殻を破るのはいつだって自分だ。要は、君をその気にさせる必要があるんだけど」
「あんたには無理なんだろ。そりゃそうだ。会ってすぐの人間に諭されるほど安いつもりはないよ、俺は」
 これ以上付き合うのは無駄だと思って、席から立ち上がった。
「ちょっと待って。確かに、僕には無理かもしれないけど、できるかもしれない人がいるんだ。一度、会ってみてほしい。場所は、さっき渡した名刺の裏に書いてある。そこに行けば会えるから。それと」
 まだ、何かあるのかとうんざりしながら言葉を待ち、
「オレンジパイ食べなくていいのかい?」
待ったことを後悔した。
「あんたさ」
 きょとんとしたままの男に、俺は一つ嫌味を言ってやりたくなった。
「気をつけないと、そのうち両儀式に殺されるぞ」
 
               **

「気をつけないと、そのうち両儀式に殺されるぞ」
 瓶倉光溜はそう言い残して、アーネンエルベを後にした。
 流石に、未来視を持つ人間二人に死を宣告されるとこたえる。左目を失って式との修羅場はくぐり抜けたつもりだったけど、この先もあんまりうかうかしてられないかもしれないな。
 それはさておき―――
 危ないところだった。
 もう少しで何もせずに逃げられるところだった。
 なんとか名刺を渡すことができて安心しているが、本当に会いに行ってくれるかどうかはわからない。
 瓶倉光溜は、おおよそ予想した通りの少年だった。線が細く、年齢よりは随分と大人びている。面長で鼻梁の通った端正な顔立ちもそうだが、どこか世を達観したような雰囲気が、背伸びではなく本当に成熟して見えた。
 だが、彼の場合その順序に問題があった。
 彼は未来視の奴隷だった。誰しも幼いころは、世界は無限であると信じている。新鮮な発見に満ちた日々は、自身も世界も無限であるという希望を信じていられる。それが、自身が窮屈な匣から出られないことを徐々に知ることとなる。他者がただ自分に愛を注いでくれる存在ではないことを知り、複雑膨大な世界の前で、自身の卑小さに打ちのめされる。そうなった時、諦念という生きるための武器を手に入れることで徐々に認識の齟齬を埋めていけるのだ。そんな武器を、使い方も教えられずに持たされたのが、瓶倉光溜という少年だ。
 彼のことを成熟していると言ったが、一方で赤子のように幼くもあるのはそういう理由からだ。彼は突如未来視を失い、それまで明瞭だった世界が暗闇へと転じた。暗闇の中、彼はどうしていいかわからず、混乱している。本来であれば、その闇に目を慣らしていくはずが、彼はその過程を奪われていた。暗闇で手を伸ばすためには勇気が必要だ。それを恐れて、未来が奪われたフリをして、塞ぎ込んでいる。
「だから、彼を導けるとしたらあの人だと思うんだけどなあ」
 自分で紹介しておきながら、うまくいくかどうかはかなり不安だ。
 まあ、うまくいかないのが世の常だが、うまくいかないなりに彼の中で何か変化は起きるだろう。うまくいかずとも後に遺るものがあると知れば。
なんにせよ、後は神のみぞ知る世界だ。
 口にしたオレンジパイは甘酸っぱくて、今日も変わらず美味しかった。