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未来への報償④

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それでも好きな人



 許されていると、そう思っていた。



 学校の屋上で、木手から選抜合宿のメンバーに選ばれたことを知らされた時、目には見えない何かでやっと木手と繋がれた気がした。
 だからあの日以来、木手の声はどこにいても不思議と平古場の耳へと届いた。

 感覚の全てが研ぎ澄まされているのか、あるいは感覚の全てを支配されているのか。
 それとも、平古場にとってただ特別な存在だからなのか。

まるで、見えない糸で繋がれているかの様な結びつきを感じて、甘い感情がじわりと胸を満たした。指先まで浸透するその見えない感情がとても大切で、満たされる時間はとても幸せだった。


 けれど、今回ほどそれを嫌だと感じたことは無かった。



***




 U-17日本代表候補合宿に選ばれた木手達中学生は、高校生に混じって綺麗に整備されたコートに立っていた。
 山の中に建設された広大な施設は、コート、トレーニングルーム、宿泊施設、そのどれをとっても想像以上の広さと豪華な設備の数々に、一部を除く中学生達は圧巻されるばかりだった。
 そして、もっとも異なる点はテニスコートだった。一般的に学校で使用される粘土質の土を固め、その上に真砂土を撒いたコートではなく、コンクリートの上を合成樹脂でコーティングされたハードコートだった。コートの状態が違うだけで、摩擦の大きさで変わってくるボールの撥ね方やスピード、足に掛かる負担など、大なり小なり調整と修正をしなけらばならない点が出てくる。それだけで、戸惑う選手も多いだろう。けれど、試合経験が少ない初心者ではない。九州地区大会、全国大会と、もう幾度となく試合を重ねてきた。
 それに、合宿の初日に高校生から売られた、試合という名の喧嘩を買った時に、平古場は対戦した高校生に勝利し、戸惑いなく十分に動けることを証明済みだった。そして、朝のトレーニングでほぼ完全にコートの癖は掴んでいた。万全の体制で、一癖も二癖もありそうな高校生達に挑めるのだと思うと、心が躍るようだった。
 もっと強くなれる、もっとテニスが出来る。平古場の胸に沸き起こる期待と興奮は、血液を通って体の隅々まで行き渡っているかのようだった。早く試合がしたくて落ち着かない。じっとしていられなくて甲斐や田二志にちょっかいをかけては木手に怒られた。
「少しは落ち着きなさい。今、無駄に体力を使ってどうするつもりですか」
「そうやしが……、早く試合がしたいやんに!」
「そう焦らなくてもいいでしょう。それに君は昨日、試合をしたでしょう」
「あんなぬ数んかい入らねーならん!」
 随分な物言いに、思わず木手は笑ってしまいそうになった。確かに、高校生との試合を危なげなく勝利した平古場にとってみれば、あれは物の数には入らないだろう。けれど、だからと言って高校生達を甘く見てはいけないと、心の底で警鐘がなる。午前中に行われたシャッフルマッチでの桃城と鬼の試合や、徳川が見せた切原が動けなくなるほどの異様で威圧的な気配を思い出す。想像以上の力を秘めた高校生達がきっと木手達の行く手を阻むはずだ。
 そして、裏で糸を引くコーチ陣達もこれからどの様な動きを見せるのか分からず、気を引き締めなければならない。
 神妙な顔つきで木手がそう注意すれば、予想外な明るい笑顔が返ってきた。
「だからだろ、永四郎。あいつらと戦えば、わったーはもっと強くなれる。もっともっとテニスが出来る」
 子供の様に目を輝かせながらコートを見つめるその姿は、キラキラと輝きを放っている様に見えた。太陽の所為だろうかと、木手は目を細めながら、心の底からテニスを楽しもうとする平古場の姿を眺めた。
 平古場のテニスへの思いは、比嘉中のメンバーの中でも誰よりも真っ直ぐで純粋だ。だから、木手がラフプレーを強要しても平古場自身の意志にそぐわなければ、たとえ部長命令であったとしても反抗する。
 それは木手にとって見れば、勝利への道から遠ざかっている行為の様にしか見えなかった。
 けれど、負けるかも知れないという局面で、何度もそれを覆し、勝利を勝ち取って来たことを知っている。平古場のプレーには、勝利を賓欲に求める姿が失われているわけではない。寧ろ、失われるどころかより強くなっていた。
 それならば、平古場の意志を尊重しようと思った。
 平古場が平古場として、一番実力を発揮出来ることが何よりも大切だからだ。
 それが、平古場を勝利へと導く道になるならば阻むことはしたくなかった。
「当然です。そして、彼らを全て蹴落として、我々沖縄の力を示さなくてはなりません」
「当たり前やっし!」
 平古場に雰囲気に当てられて、力の篭った声が出ていることに木手は気がついていなかった。
 盛り上がる会話に被さるように、スピーカーのスイッチが入る独特のノイズが耳に飛び込んできた。キィンと甲高い音の後に聞こえてきたのは、のんびりとした低くも高くもない大人の声だった。続く何かにぶつかるような音で、コート上にいる中学生達の視線は一斉に声のする方へと集中した。
 そこに現れたのは、長身の細長い男だった。後ろで一つにくくった長髪が、余計に細長さを強調しているようだった。どこかから聞こえた「二メートル十六センチ」という言葉に、知念や田二志よりも背が高いのかと平古場は驚いた。
 斉藤と名乗ったメンタルコーチは、二人組みになるように指示してきた。そこかしこから、"ダブルス"という言葉が飛び交うのを聞いて、平古場は辺りを見回した。
 ダブルスとして有名なコンビや、同じ学校の生徒達で二人組みになっていることを確認して木手達を振り返る。
「さて、どうしましょうか……」
 比嘉中からは選抜合宿に選ばれたのは五人だ。二人組みになるとすれば一人余ることになる。こうやって揉めることもメンタル強化の一環なのだろうかと、輪から一歩外れた所にいる平古場はぼんやりと思った。
 そして、組み合わせに悩む木手を見つめた。その顔を見て、平古場は何か楽しいことを思いついたような顔つきに変わった。小さく飛び跳ねるように比嘉メンバーがいる場所へと近づき、おもむろに声をかける。
「わん、他校の奴と組むやっし!」
 他のメンバーが一斉に平古場へと視線を向ける。困惑や驚きの視線を受け流し、にこやかにもう一度同じ事を言った。
「どうせ一人余るし、いいだろ? 永四郎」
「それは、構いませんが……。理由を聞いてもいいですか?」
「ああ。せっっかく色んな学校が集まってるんだ。普段、ダブルス組めない奴と此処でだったら組める、だろ? そっちの方が面白そうだと思っただけだ」
 型に嵌ることを嫌う平古場らしい科白に、甲斐や知念は顔を合わせて可笑しそうに笑っていた。
 木手は少し驚いた顔をした後、仕方が無いとでも言うような、わざとらしいため息を零した。それを了承と取った平古場は、さっそくその場で反転して、余っている選手を探すために輪から離れようとした。その肩を押すように軽く叩いたのは田二志だった。その励ましの様な掌の温かさに、平古場はニッと笑って手を上げて答えた。
 パートナーを探す為に小走りで他の学校に混じっていく平古場を見送り、木手は比嘉のメンバーを振り返った。
作品名:未来への報償④ 作家名:s.h