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未来への報償④

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 正直、木手自身が外れようかと思っていたのに、平古場に先を越されてしまった。平古場は彼自身が思っている以上に、ダブルスに向いていると木手は考えている。きっと、ここにいるどのメンバーと組んでも問題はないと考えていたのと同時に、ああして外れることも予想の範囲内ではあった。
 もう一度、小さくため息を零して、目の前の課題に意識を切り替えた。斉藤という"メンタル"コーチが指示したのは二人組みであり、ダブルスをするという言葉は一言も触れていない。だからこそ、単純にダブルスをするとは思えなかったが、とにかく二人組みになる必要があるのは確かだった。
 残った四人のメンバーで、一番ダブルスの経験が少ないのは甲斐だった。田二志や知念は、全国大会で活躍できるほどの技術は持っている。けれど、甲斐をフォローしかつ試合を運ぶほどの実力があるかと問われれば否としか言えなかった。こうして考えていくと、消去法で甲斐と組むのは木手になる。それに、木手の全方向の縮地法があればカバー出来る範囲は広大だ。甲斐のポーチエリアでの活躍など端から期待していない木手は、せいぜい足で纏にならない程度に走り回って貰おうと算段してパートナーの組み合わせを指示した。
 特に異論が出ることなくダブルスの組み合わせは決定した。比嘉がダブルスが決まる頃には、周りの中学生達もほぼペアが決定した様子だった。平古場も相手を見つけられたのだろうかと見回したが、視界に隠れる場所にいるのか姿は見えなかった。
 視線を彷徨わせている間に、斉藤コーチの声が上から降るように落ちてきた。

「……では、シングルスの試合の開始です。負けたほうは脱落ということで」

 予想外の言葉にざわめく中学生達の中で、言葉は残酷にも降り続けてくる。今まさに、組んだ相手と戦えというその言葉に、動揺の気配が津波のように一気に中学生達に襲いかかる。その一つの感情から波及するがごとく、中学生達の胸にさまざまな衝撃を与えることに成功していた。
「本当に一筋縄ではいかない方達ばかりですね……」
 睨みつけた先にあるコーチの顔は涼しいばかりだ。
 動揺を鎮める暇もなく試合の準備が進められていく。そのコーチ陣の手際の良さが、返って苛立ちを覚えるほどだった。


 そして、同士討ちが始まった。



 ***



 同士打ちは、全九試合、同時に三つの試合が行われるという流れで進んでいく。
 第一試合から有名なダブルペアが、お互いに試合を行うという非情なものだった。けれど、誰もが負けることなど望んでいない。お互いの持つ力の限りを出し尽くした試合は、見るものを圧倒するものがあった。奇しくも、決して普段では見られない試合の数々がコート上で繰り広げられていた。
 それを、熱心に見つめながら平古場は自身の順番を待っていた。同じ第八試合には、知念と田二志が戦うことになっている。それを見れないことが残念だと思いながら、甲斐と木手の試合が始まるのを観客席に座って見守る。
 試合が始める前に行う挨拶の為、二人がネット越しに対面する姿を見て、何だか可笑しさが込上げてきた。
 いつも練習をしている沖縄ではなく、ずっと遠く離れた場所で、それもこんなに早く仲間同士の対戦が見られるとは思っていなかった。けれど、どちらかが負ければもう一緒には合宿に参加できないと思うと、寂しさが込上げてくる。甲斐には悪いが、きっと木手が勝ち残るだろうと思った。何故なら、比嘉のメンバーの中で一番強いのが木手だからだ。悔しいけれどきっと、平古場が戦ったとして勝てる相手では無いと、どこか客観的な己が囁く。それでも、全力で戦う二人を見るのは久しぶりだった。お互いが良く知った間柄だからこそ、面白い試合が見れるだろうと、そんな軽い気持ちでコートに立つ二人を眺めていた。
 甲斐の瞳を射るように覗きこむ木手が、遠くからでもはっきりと見えた。「ああ、またか」と、幼馴染だろうと部員だろうと容赦なく威圧するその瞳は、底冷えするほど心を強く揺さぶってくる。けれど、慣れてしまえばただのパフォーマンスだ。それくらい甲斐だって分かっているだろうと軽い気持ちでいた平古場は、次の瞬間にその考えを改めることになる。

「甲斐クン、分かっていますね」

 冷たい秋風に乗って聞こえて来た声は、聞いた者を怯えさせるに十分な強さだった。その声は決して大きい訳ではなかった。その証拠に、周りにいた中学生達には聞こえていないのか無反応の者が多い。けれど、平古場の耳にははっきりと木手の声が届いていた。
 傲慢で、冷酷で、有無を言わせない高圧的な物言いは、甲斐の中に存在していた戦う気力を一瞬にして奪い去った。平古場は、甲斐の中にある試合への情熱が冷めていく様を目の当たりにして、思わず観客席から立ち上がり手すりから身を乗り出した。
 試合を棄権する甲斐にどうしようもない怒りが込上げたが、元凶である男へと視線を投げつけた。当然だと、そんな雰囲気さえ漂わせながらコートを出る姿を追いかける。
 先ほどの木手の科白が頭の中で何度も再生する。まるで、自分自身に突きつけられた刃物の様に感じた。
 全国大会までずっと一緒に戦ってきた。共に乗り越えて来た過酷なまでの日々を、まるで無かったかの様に、簡単に捨てていくその態度に、平古場は悲しさを感じられずには入られなかった。
 きっと、メンタル改善なんて言葉は木手には不要だ。
 どんな手段を使っても勝ちたいと、比嘉メンバー全員がその思いを胸に戦ってきたが、木手ほど徹底していた訳ではない。それが如実に表れたのが今のやりとりだ。
 平古場は木手の後姿を確認しながら早足で近づいていく。全身が心臓になったように早鐘を打つ。
 怒りと、己自身の甘さに。
 きっと、どこか心の片隅で共に戦ってきた仲間だという意識があった。だからこそ、こんな結末になるとは想像もしていなかった。
 けれど、木手の言葉で全てが泡となって弾け飛んだ気がした。いや、そんなものは元々無かったのかも知れない。
 勝者だけが生き残ることが出来る試合ならば、どんな手段を講じてでも勝ち残らなければならない。そうしなければ、前へ進むことが、木手が目標とする場所へ到達することが出来ないのだから。
 知っていた事実を忘れていたのは、きっと許されていると思っていたからだ。

 いつの間にか自分達は特別だと、そう思っていた。

 平古場は、木手の目の前に立ちはだかり、下から睨みつける様にその瞳を見つめた。木手は特に驚く様子もなく冷え冷えとした瞳で見つめ返してくる。
「永四郎、ちょっとこい」
 そういって、腕を引くように中学生達から離れた場所に連れ出す。平古場の試合までにはまだ時間は十分にある。それに今、木手と話をしなければ試合に集中出来そうになかった。
「何ですか」
「どうして、裕次郎にあんねーること言ったんばぁ」
 平古場は、前置きもなく心に浮んだ言葉を木手へとぶつける。
「ああ、それですか。……では、逆にお聞きします。勝つことが分かっている相手と、戦う必要がありますか?」
 駄々を捏ねる子供を宥めるように、ゆっくりと喋る木手が今の平古場には余計に勘に触った。
「……」
作品名:未来への報償④ 作家名:s.h