【くしゅんっ】
俺達と接することで最近は漸く赤子から――日本でいう小学生になったというところか。いや、赤子でさえお腹が空けば泣く。癇癪を起こすこともある。それに比べれば出会った頃のティエリアはさしずめ『人形』といったところだろう。本人もそれをここのところ気にしているらしく、俺の考えをティエリアに伝えることは一生ないが。
さて、話は戻して。そんなわけで、ティエリアは現在進行形で感情というものを目下勉強中だ。そんなこいつが俺の思考を汲み取れるわけもない。が、考えることは出来る。それが今どの方向へ向かっているのかが、俺の気になるところだ。
不自然でないように俺は視線をティエリアへ下ろす。顎に手を当てて思案中のティエリアはやはり厳しい顔つきで、どうも良い方向へは向かっていないらしい。
俺の言葉のどこかにこいつは引っかかって考え込んでいる筈だ。なら、それを俺は先回りして汲み取り、行動に移さなければ、時としてこいつは誰もが驚くような突拍子もないことを仕出かす。
――肩を回したことに関しては驚いてただけ、だよな。任務中だってのも納得した様子だったし、取り乱した自分を反省している……わけでもなさそうだな。他には、そうだな……ああ、そうか。
思い当たる節を見つけて俺はこっそりと口角を上げる。本当にこいつは可愛い。今度は声に出して言いたい。が、今は先にこれを言うのが先だろう。何しろ俺は空気の読める男なんだからな。
流れるような真っ直ぐな髪の毛から覗く耳に顔を近づける。ティエリアは物思いに耽っていて気付いていない。全く任務中だっていうのを一番忘れているのは誰だか。
「――ティエリア」
耳元で囁くように名前を呼べばハッと我に返ったティエリアが振り向いた。それをチャンスとばかりにこちらを向いたティエリアの頬に手を添える。息が触れ合うほどの距離。傍から見てもこの光景に違和感は一切感じないだろう。何故なら今ティエリアは女装をしており、俺達は恋人同士を『演じている』という設定なのだから。
だが。
「俺はもしお前がそんな格好じゃなく、いつもの姿でもこうして温めてたよ」
その言葉と共に柔らかい笑みを向ければティエリアは驚いた表情の後に、しかし直ぐに言葉の意味を理解したのかホッとしたような表情になった。
こいつは至極真面目で、感情を目下勉強中だが、勉強中だからこそ素直に受け入れることも出来る。
「――やはり地上は苦手です。プトレマイオスでは寒いことなんてありませんから」
受け入れることが出来ても、自分の弱み――と、ティエリアが勝手に思っているだけだが――を見せることに戸惑いを隠せないこいつは遠まわしに、だけど俺にはしっかりと伝わるように言ってきた。これはティエリアの甘えなのだ。最近漸く見せてくれるようになったそれに俺は嬉しくてたまらないのだ。
「ああ。あそこは冷暖房完備だからな。じゃあ、地上に居る間は俺が温めてやるよ。今のこの季節油断したら風邪ひくこともあるからな」
ティエリアの頭を自分の肩に乗せて、その身体を引き寄せて更に密着させる。
今の俺達は第三者から見れば立派な『恋人同士』だろう。
プトレマイオスの中でも、普段の任務中でもこうする事は中々出来ない。
――ああ、本当に甘えてるのは俺の方かもな。
ティエリアには恋人同士としての欲は今だに理解しきれていないところがある。しかし、俺はマイスターになるまでも惚れた女も付き合った女も居た。その経験上、というわけではないが、好きだからこそしたい事が身体に染み付いてしまっていた。
だから、ティエリアとこういう関係になった後も欲が当然のように出てきたが、何も知らないティエリアにそれを無理強いすることは本意ではない。
『恋人同士』として堂々と触れ合う喜び。それを俺は求めていたのだろう。
寒さを理由にしてこうして触れ合うことをきっとティエリアよりも自分の方が喜びを感じている。俺はそう確信した。
完