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黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 25

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第86章 絶望からの幕開け


 大悪魔デュラハンがウェイアードに降臨し、一ヶ月の間瘴気に満たされていた空は、天界の騎士、ヒースの最期の力によって晴らされた。
 ウェイアードを瘴気の中に閉ざしていた装置は破壊され、久方ぶりに姿を現した太陽の光が大地に射し込む中、一本の光の柱が空へ向かって立っていた。
 それは、ヒースが装置を破壊するときに放ったエナジーの残りであった。
 光の柱の下には、太陽神剣・ソルブレードが突き刺さり、いくつもの淡い輝きを放つ羽根が、ひらひらと落ちていた。
 光を取り戻した世界で、ヒナとシンの姉弟は、光の柱の麓へと歩こうとしていた。その時。
ーーそこのお二方、少し待っていただけないだろうか?ーー
 二人にどこからか声が聞こえた。
 まさかまだ敵がいるのか、二人は身構え、周囲を見回した。
 しかし、辺りにはもう、魔物の気配すら消えてなくなっていた。そんな中発見したのは、まさに驚くべきものだった。
「おい、姉貴、あれ……!」
「ええ、見間違いじゃないわね……」
 あまりに信じられぬ出来事ゆえに、二人は確認しあった。どうやらどちらかがおかしなものを見ているというわけではないようだった。
 シン達が見る先には、ヒースが魔剣カタストロフと呼び、振るっていた漆黒の刀身を持つ剣が宙に浮いていた。
 剣からはパチパチと電撃が弾け、さらにかっ、と一際激しい光が輝いた。あまりの眩しさに二人は目を覆う。
 激しい光が消え、視界がはっきりすると、そこには人が立っていた。
 屈強な顔立ちでくせのある髪を一つに結び、騎士服姿で腰に剣を差した男がいた。雰囲気がどことなくヒースに似ているように思える。
 男は、シンとヒナが声をかけるより前に口を開いた。
「そう警戒することはない。私はお二人に危害を加えたりはしない」
「……あんたは、一体……?」
 シンが訊ねる。
「申し遅れた。私の名はユピター。君達が戦ったヒースと同じく、かつて天界にて騎士をしていた者、そして僭越ながら、その長をしていた」
 ユピターと名乗った騎士は、天界にかつて存在していた聖騎士団の団長を務めていた事を話す。
 聖騎士団の初代団長が、その力と恐ろしいまでに厳しい指導、激しい戦闘を行っていたことから災厄の意味を持つカタストロフと呼ばれ、代々団長に就任する者は初代団長にあやかってカタストロフの異名も受け継いでいたという。
「なるほど、それでヒースはカタストロフ、って呼んでたのね。しかしまさか本当に人が、いや、魂が剣になっていたなんてね。確かに単なる鋼では砕けないわけだわ」
 ヒナはヒースと戦って深手を負ったとき、彼は何かの比喩ではなく、魔剣カタストロフはある者の魂にてできていると言っていた。
 あの時ヒナは、確実に剣を破壊できる弱点を捉えていたが、そこを打っても逆に自分の剣を壊すことになってしまった。
「剣に変えられていた私にはどうすることもできなかったが、お詫びしよう。すまなかった、許してほしい」
 ユピターは、カタストロフなどと呼ばれているのが信じられないほどに誠実な男だった。
「お仲間の事が心配であろう? 積もる話もあるが、まずはそちらを優先しよう。私も付いていってもよろしいか?」
 拒む理由などなかった。二人は二つ返事する。
 シンとヒナはユピターを伴い、少し離れた所にて輝き続けるソルブレードのもとへ向かった。
 ソルブレードは、ヒースの眠る墓標のように立ち、光を帯びた魔法の羽根は、ヒースへの手向けの花のようであった。
 メアリィはそのすぐ近くに横たわっていた。
 ヒナはメアリィに近付き、呼吸と脈を確認する。どちらも安定しており、どうやらメアリィはただ眠っているだけであった。
「よほど力を使ったのかしら、疲れきって寝ちゃってるけど、心配無さそうね。どこも怪我してるようでもないし」
「そうか、よかった。終わったんだな……」
 シンは墓標のごとくそびえるソルブレードに、悲しげな目を向ける。
「ヒース、奴は大事なものを守れたんだな……」
 ヒースはもう、存在そのものが消えてなくなった。新たな何かに転生することは叶わず、ヒースという男は、シン達の記憶のみにしか存在しないものになってしまった。その記憶も、いつかは消えていくのだろう。
 ユピターはソルブレードの前で、消えてしまったヒースを弔うかのように黙祷していた。
「ヒース……。あやつもかつては誇り高き騎士であった。剣の腕、統率力、どれをとっても常に私の上を行っていた……」
「ユピターだったな。ああそうだ、オレはシン。それから……」
 シンはヒナに目配せした。
「あたしはこの子の姉のヒナ。彼の剣だったあなたなら分かるかしら?」
 二人は名乗った。
「シン殿にヒナ殿か、重ねて礼を言おう。ヒースをデュラハンの呪縛から解放してくれてありがとう」
「それで、あんたとヒースはどんな関係だったんだ?」
 シンは訊ねる。
「そうだな、あやつがどう思っていたかはもう知る由もないが、私は親友だと思っていた。互いに自らを高めあう好敵手でもあったがな」
 ユピターは自嘲するように苦笑した。
「恥ずかしい話だが、私はただの一度たりともヒースに勝つことはできなかった。あやつは剣の腕もさることながら、文にも長けていた。ふふ、私が騎士団長を務めていたなど、自分でも信じられぬ……」
 ヒースは地位や名誉などに、一分たりとも興味を示さない男だった。それ故に、十分な器量を持っていながら騎士団長に就任しようとしなかった。副長になることさえも渋ったほどである。
「ヒースの原動力は、天界にいる者全ての平穏だった。自らを省みず、ただ己の信じる正義に生きていた」
 ヒースはとてもまっすぐな性根の持ち主だった。しかし同時に、何としても信念を曲げない頑固さも持ち合わせていた。
「行きすぎた正義とマリアンヌへの一途な想いが、彼を歪めてしまったのね……」
 ヒナはぽつりと呟いた。
 過ぎたる信念は、例えそれが正義のためだとしても悪になりうる。一途過ぎる気持ちはどのような悪よりも悪となってしまう。なんとも皮肉な話であった。
「十六年前のあの日、マリアンヌ殿が逃げ遅れたとの報せを受け、ヒースはマリアンヌ殿の救出に向かった。しかしそれ以来、消息が分からなくなっていた」
 ヒースが消息を絶って数日後、ユピターは敵から逃げおおせた部下の報告に衝撃を受けた。
 禍々しき鉄仮面に顔を隠した剣士が、魔物との交戦に向かった騎士団員を次から次へと薙ぎ倒しているとの報せであった。
 それだけならば、天界へと侵攻したデュラハンの配下だと考えるところであるが、その剣士は妙であった。
 無抵抗の者には決して手出しせず、敵意を示す者にのみ刃を向け、彼の姿を見て逃げ出す者を追いかけて手にかける事はしなかった。
 更に妙な事があった。その謎の仮面の剣士は、デュラハンの一味と思われたが、魔物を見れば見境なく葬り去っていたという。そしてもう一つ、これがユピターにとって剣士の正体を明らかにする決定的な事実となった。
 その剣士は、左手で剣を操っていたということである。