ドラクエ:disorder 歪みゆく英雄譚の交錯 第10話
ソファに座っているナインさんとアルスさんに挨拶をすると、もう平気なの?と心配そうな顔をされた。もう大丈夫だよ、心配かけてごめんなさいとお辞儀をすると、2人とも少しだけど笑顔になってくれた。
なんとなく本棚があるほうに行ってみる。
表紙に何も書いてなかったり、知らない国の文字で書かれているような本が多くて、なかなか手が伸びない。
一番奥の本棚まで行くと、壁の近くでソロさんが本を読んでいた。
真っ黒い表紙に、なんて書いてあるのかわからないぐらい達筆な文字で題が書いてある。
ふと、屋敷を出た直後のソロさんの様子が頭をよぎった。
・・・・・・・・・・・あの人でも、あんなふうに泣くことがあるんだな。
少し失礼かも知れないけど、なんだか安心した。
サマル「・・・・・・・・・・・・・何の本、読んでるの?」
少し緊張しながら、話しかけてみる。
ソロさんはあんまり興味なさそうにボクを見ると、本を閉じて差し出してきた。
ソロ「気になるなら読んでみればいい。・・別にそんなに面白いことは書いてないけどな」
そう言うと、ボクを残してさっさと2階に行ってしまった。
・・・まるで、ボクが来るのを待ってたみたいに見えた。
サマル「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
開いてみると、細かい文字と絵で何かの設計図みたいなものが書かれている。
・・・・でもそれは、・・・とても変な形をした機械だった。
腕にはめるものなんだろうか?
それから、人の形をした牢屋みたいなものと、液体が入った瓶の図、どうやって使うのかわからない変な道具がたくさん描いてある。
ちょっと気持ち悪かったので、ボクは早々とその本を閉じた。
・・・・・・まだ訊きたいことがあるんだ。もう怖がってなんかいられない。
本を適当に棚へ戻すと、ボクは一度深呼吸をして・・・2階に向かった。
階段を上がると、ソロさんは窓の近くに立っていた。
ボクが話しかけると、やっぱり待ってたみたいにこっちを向いた。
ソロ「・・・・・まだ何か用か?」
サマル「聞きたいことがあるんだ。・・今、いいかな?」
ソロ「別にいいが」
・・・・・・・・・・・・・。
サマル「・・・・・・・・・・・こうなることも、知ってた?」
ソロ「・・・・・・。」
サマル「・・ムーンはどうして死んだの?一体、何があったの・・・・?」
ソロさんは窓の外を見つめたまま、口を開こうとしない。
ボクは心を決めた。
サマル「・・・・ボクのことを心配してくれてるんだね。ありがとう。・・でも、教えて。ボクは強くならなくちゃいけないんだ」
ソロさんは振り返ると、
ソロ「・・どうして俺に聞く必要がある。お前の大好きなロト様かレックに聞けばいいだろ」
サマル「ううん。ロト様もレックさんも教えてくれないよ。・・優しいから」
ソロ「はっ。じゃあ俺は優しくないってか?」
サマル「そういう意味で言ったんじゃないよ。ただ、こう思うんだ。・・・・・・ムーンは、あなたのせいで死んだんじゃないかって」
ソロさんの顔つきが変わる。
・・ボクは胸の鼓動が早くなって、自分の手が震えだしたことに気づいた。
でも・・・
サマル「だから、ロト様もレックさんも絶対に教えてくれない。ボクは本当のことを知りたいんだ・・・」
ボクがそう言うと、ソロさんは少し下を向いてから窓に向き直った。
ソロ「・・・お前、変わったな。・・王女様の死でがっくり落ち込んで、再起不能くらいにはなると思ってたんだが・・・。
これだけ人間を理解してるつもりでも、まだ予想が外れることがあるとは驚きだ」
そしてボクの目を見て、
ソロ「本当に知りたいのなら教えてやるさ。ただ、もう少し時間が経ってから・・・な」
そう言って笑った。
・・この時もボクは、ソロさんのおかしな話し方に違和感を覚えていた。
やっぱり、まるでずっと昔からボクのことを知っているみたいな・・・。
と、その時。1階に行っていたらしいレックさんが、階段を上がってきた。
両手には何冊か分厚い本が積まれている。調べ物でもしてるのかな?
レック「・・・サマル。体はもう大丈夫なのか?」
近くのテーブルに本を置いて、ボクを見た。
サマル「うん、大丈夫だよ。心配かけてごめんね」
レック「・・・・・・・・・・・・・・。・・そうか、よかった」
言葉とは裏腹に、レックさんは下を向いて悲しそうに目を伏せた。声もどこか弱々しい。
・・・ムーンのこと、申し訳なく思ってくれてるんだ。
でもすぐに顔を上げて、いつもの明るい笑顔を作った。
レック「まあ・・あんまり無理はするなよ。またすぐに外に出ることになるだろうし、することないなら休んどけ。なっ」
ソロさんとも少し話をして、レックさんは1階に降りていった。
・・・彼は、本当に優しくていい人なんだな・・・って心から思う・・・。
いつでも仲間のことを思いやることができて、それ相応に仲間が自分を頼ってくれることを知っている。
それと、周りを安心させるような笑顔と陽気さと、「この人がいれば大丈夫だ」って思えるような強さを持っていて・・・
昔からボクが思い描いていた、「こんな人になれたらいいのにな」っていう人物像とそっくりだったんだ。今となっては・・・いや、ほんの少し前までは、そんなふうに思うことすらおこがましいと思ってたけど。
ソロ「・・・あいつが羨ましいか?」
サマル「・・え・・・」
唐突な一言だった。
驚いているボクに、ソロさんはどこか寂しそうに少しだけ笑った。
ソロ「お前の理想像なんだろ、あいつは。・・本当、うまい具合に自分も他人も守ってやがるよな」
・・・・・・・この人は本当、読心術か何か使えるんじゃないかと思ってしまう。
ソロ「不思議なもんだ。自分の中に憧れや優しさが募れば募るほど、その存在は待ちもせず遠のいていく。それを自覚したら最後、努力と結果が反比例してるように見えてくる・・・そして何もかもが嫌になっちまうのさ。みんな同じだ。・・そう思わないか?」
ソロさんは遠くを見ながら、見たことがないくらい寂しそうな表情をしていた。
ソロ「お前を見てるとな・・・・・・悲しくなってくるんだ。
昔の自分を見てるようで」
サマル「・・・・・・・・・・・・。」
言い残して、ソロさんは再び1階に降りていった。
・・・・・・・・・そう言われても、別に嫌な気持ちはしなかった。
むしろ、レックさんと同様完璧に近いソロさんにも、ボクと同じように迷い悩んでいた時期があったのだと知って少し嬉しかった。
・・・その嬉しさの根底を見れば、彼もボクと同じだった頃があるのだから、ボクもいつか彼のようになれるのかも知れないという期待があるわけなんだけど・・・。
・・そして同時に、彼がどうやってその状態から立ち直った、あるいは変わることができたのかを、知りたくなった。
同じことができればボクも・・・ボクも、変われるんじゃないか、と。
ボクはその時確かに、そんな甘い“期待”を抱いていた。
・・・・・・・・・・・・だけどその“期待”は、のちに最も絶望的な形で潰されることになる。