機動戦士Oガンダム
第1話 O‐アウター‐〜First Order〜
「そろそろ圏内に入る、気を抜くなよ!オスカ、マーカー!」
一つの小型艦艇が、カピラバストゥコロニー近づいていた。
「無論です!」
「しかし艦長、いくら僻地だからってこれだけで大丈夫ですかね?」
オスカと呼ばれたオペレーターは、小型艇マイクロ・アーガマ単体で向かうことに不安を感じていた。
「今回はあくまで偵察だから大丈夫!こっちにはいざって時のZガンダムMk-IIもあるんだから!」
マイクロ・アーガマの艦長は些か楽観的である。
金髪の天然パーマが特徴的な彼は一年戦争時代、かつて地球連邦軍を勝利に導いたホワイトベース隊の一人であり、オペレーターのオスカ、マーカーと共に一年戦争を生き抜いた過去を持つ。彼の名はジョブ・ジョンといった。
「ブライトさんの頼みを断れないだろ?」
ブライト・ノア、ホワイトベースの艦長を務めた男であり、今はエゥーゴの一員としてアーガマ隊を率いている。彼らにとっては恩師ともいうべき人物である。
そんな彼が、火星圏の方で不穏な動きがあるとの知らせを受け、戦友のオスカ、マーカー、そしてジョブ・ジョンに自身の代わりとして依頼したのであった。
コロニーの入り口である港が確認できると
「ジム・セークヴァ、2機発進してくれ!」
「了解!」「行きまーす」
2機のジム・セークヴァが先行してコロニーへ入港した。
≠
ロストシティ、カピラバストゥコロニー第13地区にある中心街
宇宙塵を加工し、つぎはぎ状態でなんとかもたせているコロニーでまともなインフラ設備なぞ整うはずもなく、中心街と銘打ってはいるものの実体は殆ど廃墟の街と化している。最も栄えている中心街ですら土埃の舞う中を人々が行き交う有様だ。
食料などの生活必需品といえばコロニー完成当初に備蓄されていた莫大な非常食と、どこからか定期的に来る補給艦の配給が頼りだった。
とはいえ、コロニーと言う閉鎖空間で暮らすからにはそれなりの集落が築かれているわけで、利益を賄う方法が無いわけではない。<改ページ>
配給品を金で多めに受け取り転売したり、配給品の娯楽映像作品で人を呼んで上映したりする。中には漂流時の船外活動用のノーマルスーツやポッドを所有している者もおり、流れついたデブリを食料と等価交換、または補給艦に渡して金にしている。こうして最低限の均衡は保たれている。しかし、そうでない住民もいるわけで、盗みやそれ以上の行為も人目が届こうと届くまいと行われている。
そんな街で暮らす少年がひとり
タロ・アサティ
「少し出てくるけどなんかいる?」
彼は妹のファナと二人で長いことこの街に住んでいる。
赤いトレーナーの上に青いジャケットを羽織り、身支度をしているとお世辞にもきれいとは言えないリビングルームのソファーベッドからファナがひょこっと顔を出した。
「ううん!大丈夫」
「帰るまで開けちゃだめだぞ!」と言い残し、鍵をかけてタロは中心街へと出かけて行った。
「わかってるって」
兄の耳には届いていないだろう返事をしてリビングの窓から空を眺める。
空には街があるが、その青い眼は遥か向こうの虚空を視ていた。
≠
ロストシティの舗装されることのないメインストリートでは裂けて隆起しているアスファルトの上で蚤の市が行われていた。
とは言っても、辛うじて生きているコロニーの大気循環システムが急に雨を降らさない限りはいつでも誰かしらが勝手に店を出している。
「おっちゃん、これいくら?」
「・・・・・・・・・・」
このコロニーの住人の殆どが覇気が無く抜け殻になっているか、その逆に神経が研ぎ澄まされて過敏になっているかのどちらかであり、タロの様な精神が安定している者は稀有な存在だった。タロはそんな市に赴いて食料などの日用品を盗んで生活していた。
「すみません」
いつものように街を物色していると、ある男に呼び止められた。
「この第9地区へはどう向かえばいいでしょうか」<改ページ>
こんな事は殆ど初めてである。無視しようとするが、タロの目は不思議とその男へ向かってしまった。
一枚布を身に纏い顔はよく見えず、そのくせ鋭い視線を感じさせる異様な雰囲気に圧され
「えっと…あっちだけど」と第9地区の方を指差した。
「ありがとう」男は抑揚のない声で言うと、続けて「年は?」と聞いた。
「・・・・・16」
そう答えると男はさらに手を差し伸べてきた。
タロは戸惑ったが「ただの礼だよ」と言ったのでその手を取ると
「!?」
タロの体に一瞬鉛のような感覚が流れこみ、心臓がドクンッと強く脈打った。
「それでは」と言うと男は第9地区へ歩いて行った。タロはしばらくその男から目を離せずにいた。
[飯が来たぞぉー!]
街のどこからか声が上がり、市場にいる人々が餌を用意されたペットの様に一斉に港へ向かった。
「やべっ、出遅れた!あんのやろぉ・・・!」
あの男の後を追いたい気を押し殺し、タロも港へ向かった。
≠
ジム・セークヴァのゴーグルの奥からモノアイレンズで捉えたコロニー内の映像に、パイロットであるニロン・アラダール少尉は大きく息を吐いた。
「なんちゅうとこだよ・・・」
“見捨てられたコロニー”との呼び名である程度の覚悟はしていたものの、砂塵の舞う廃墟街と港の群衆を見れば、どれほど甘く見ていたかを思い知らされる。
「こりゃ2、3日いたら肺が腐るぜ」
≪どうだ?何かあったか?≫艦長のジョブ・ジョンから通信が入った。
「なんというか、廃墟と乞食しか見当たりません」≪オッケー、なんか見つけたら連絡よろしく≫
艦長からの通信が切れると、ニロンはもう一機のジム・セークヴァのパイロット、グラン・マックイーン少尉に対し「なぁ、うちの艦長軽すぎねぇ?」とぼやいた。
≠
メインストリートを抜けて港に着いたタロの目には、2体の巨大な人影が映っていた。それは18メートルにも及ぶ人型有人機動兵器であり、9年前に彼らの親を奪った存在でもあった。
「また、なのか・・・」<改ページ>
決して安住の地とは言えないこのコロニーだが、それでも戦争に巻き込まれないという希望があった。それが今、タロの中で音を立てて崩れていく。
「ここでも・・・・・・うっ!」
急激に前頭葉が疼き、大通りで会った布を纏った男の姿が脳裏にフラッシュバックした。『この人に会わなければ』タロの第六感がそう囁いた。
それが、彼の運命を大きく変えてしまうことまでは、知らせてはくれなかった。
≠
布を纏った男はタロという少年に声をかけた後、第9地区までたどり着いていた。その一画にある廃墟の中で、彼を出迎える男がいた。
「全くひどいものだな…よく人が生きていられる」
それが迎え入れられた男の第一声だった。
「流れ者のコロニーだからな。流石に予想以上か?」
男にしては少し高めな声色が、若干の高圧的なトーンで薄暗い廃墟に響く。
「それよりも貴公の姿に驚かされた…瓜二つだ」