機動戦士Oガンダム
彼はそう言いながらも、タロが見た中では一番真剣な面持ちをしている。しかしそれもすぐに消えた。
「幸いここはまだ火星圏内だ!あいつらもそうポンポン攻めてはこないだろ、それまではゆっくりしようじゃないか。解散!」これで締めだとでも言わんばかりに手をぱんっと叩いた。
「そういえば今はどこに向かってんです?」ニロンだ。
「予定じゃ旧サイド6だ。補給も兼ねて一番安全なとこと言えば、な?」
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「パトリシア・・・・まさかとは思うけど・・・・」
模擬戦実験を終え、モビルスーツデッキを出たオリガはひとり独房室へ向かっていた。あの男がしきりに叫んでいた名前が彼女の心の奥底に引っかかっていた。
「誰かぁーっ!いないんですかぁーっ!?」
独房室の方から例の男の声がした。先ほど放り込んだあの男の声だとすれば幾分か落ち着きを取り戻しているようだ。オリガはその前まで行き扉を開けた。
「おおっ開いた!ぼ、僕はヨーゼフ・クビツェク、気が付いたらここに入れられててそれで思い返してみると、っそうだ!僕はもともとゼーレーヴェ艦に乗っていてなんで乗っていたかというと」<改ページ>
「おい、パトリシアってのはリモーネの事か?」
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マイクロ・アーガマ隊がカピラバストゥコロニーを後にして数時間後、港には再び人だかりが出来ていた。その群衆の視線の先には、艦から降りたばかりの迫水とエヴァがいた。
「なぁ、どーしたらいいんだ?これ」
「ん〜・・・」
“飯はまだかぁ”とゾンビの様に迫水とエヴァにコロニーの住人の手が迫り、二人は完全に足止めを食らっていた。
「あのねぇ!俺たち人捜してんの!この子知らない!?ねぇ!!」迫水がどんなに声を大にして叫ぼうと半死人共の耳には届かない。
「なぁ〜、どーするよこれ」
「あ〜っ!いま触られたぁ!」
この状況と、この状況においてもどこか呑気なエヴァに迫水はため息をつかずにいられなかった。「一旦戻るか・・・」
「うぉーい!ちょっとちょっとぉ!」
殆ど諦め状態に入っていた迫水の耳に、群衆の叫びに紛れながらも活発な声が届いた。
しかしその方を見ても、声は聞こえていても、姿は群衆に埋もれて見えない。
「こっちだよこっち!」
「お!」
自分たちに大量の手が迫る中、奥の方で上方向にぴょんぴょんと小さな手が撥ねた。何とか視線をそのまま降ろすと、痩せた子供が飛び跳ねていた。
「よし!行くぞエヴァ!」
「そ〜ですねぇ〜もどりましょ〜」
「違ぇよ、アレだよアレ!」
「あ〜」
エヴァもやっと気づいたようで、迫水は彼女を引っ張ってなんとか群衆を掻き分けていく。「こっちこっち!」
子供は細い路地に入り廃墟のような、といってもあらかたそうなのだが、建物の小さな裏口へ二人を案内した。
「ここなら追いかけてこねえだろ!で、あんたら誰探してんの?」痩せ細った小さな体よりも何倍も活気のある声だ。<改ページ>
裏口から入ると冷たく固い床、生地が破れ中のボロボロの木が見えたソファがあり、寝泊まりはできそうにない部屋だった。
「あぁいや、ありがとうね。この女の子、女の人なんだけど・・・」迫水は、長居は無用と早速、タブレット端末に表示されたパトリシアの画像を見せた。
「ん〜〜〜………ん?」
わざとらしいまでのしかめっ面で睨んでいたがそれはすぐに嘘のように消え「タロ兄ちゃんのねえちゃんと歩いてたかも!」
「タロニーちゃん?」
聞きなれない人物名に随分とおかしなイントネーションで聞き返してしまった。
「いつも食い物かっぱらって来てくれんだ!おとといくらいから来てないけど!」
ニカッと笑う少年を横目に『物騒なのがいるんだなぁ』と迫水は思った。
「へぇ〜そうなんだぁ〜」
「うん!」少年は勢いよく頷いた。
「タロニーちゃんの家知ってるかい?」ただの談笑で終わってしまうのをおかしなイントネーションのまま救い上げた。危ういところだった。
「あっちの方!」少年はタロニーちゃんがいつも歩いてくる方向を指さす。
「あっちか!サンキュー!少年!」
「おう!じゃあ食いもんくれよ!」
「・・・・・は??」
無邪気な少年は最初から等価交換の話をしていたのだ。思わぬ落とし穴である。この街で生きていく事はそういうことなのかもしれない。
「食いもんだよォ、教えてあげたじゃん!」少年に悪気はない、今までそうしてきたことをただやってるに過ぎない。
「あー・・・参ったなぁ」
2人はノーマルスーツに着替えてしまい、必要最低限の物しか持ち合わせていなかった。当然、誰かにあげるようなものなど持っていない。
「いやぁ…俺ら食い物持ってないんだよ」
「えーっ!?なんもくれないのかよォ?」そう不満たっぷりに言うと少年は表の窓から「おーい!どろぼうだァー!誰かァーっ!」と外へ向かって叫んだ。
「わかったわかった!!悪かった!なんかやるよ!!」<改ページ>
「なにくれんの?」「・・・食い物じゃなくていいか?」
迫水はおそるおそる聞いた。
「ほんっとに持ってないのかよぉ」
少年は思いっきりへそを曲げていた。ここまでされてはこちらの落ち度を感じてしまう。
「エヴァ、なんかないのか?」
「う〜ん、これはどうかなぁ?」
エヴァはヘルメットを脱ぎヘアピンを手に取った。束ねていた長いブロンドの髪が靡き、柚子の香りが広がった。ピンの先には青い蝶がついていた。
「んー・・・」
少年がそれをかざすと、くすんだ明かりが蝶に青いベールを纏わせた。
「うん!いいよこれで!」
ほっと迫水は胸をなでおろし、心の中でエヴァに礼を言った。
「じゃあ行くかぁ」
「はぁい」
二人が外へ出ようとしたとき
「ねえちゃん!」
少年は
「ありがと!」
笑った。
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「久しぶりだなーこういうの!」
ファナとリモーネはコロニーの人通りのない街を歩いていた。
「久しぶりって・・・」
「10年ぶりくらいかな!」
「・・・・・あの」
「あれ?」
ファナが聞けなかったことを聞こうとした時、彼女は何かに気が付いた。「・・・あそこって港だよね?」
リモーネの視線の先には人だかりがあり、その向こうにネオ・ジオンの戦艦が入港しているのが見えた。
「・・・ねぇ、ちょっとこっちに行ってみていい?」リモーネは人通りのない薄暗い路地裏を指差した。<改ページ>
「え?そっちには何も」
「いいじゃん!行こ行こ!」
どこから、なぜ逃げてきたのか、またしても彼女から話を聞き出すタイミングを失ってしまった。
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どれくらいの時間が経過しただろうか・・・迫水とエヴァは途方に暮れかけていた。少年からは『あっちの方』としか教えてもらっていない。
街道に道行く人の陰もなく、二人はうつろな目でふらふらと歩き、ここの住民と化していた。
「あ、いた!お、おいアンタ!この女を」
「ひぃっ」