六尾稲荷
あの夜以来、ロコンは鳥居の前からも、神社の前からも、忽然と姿を消してしまって、二人の前に現れる事はなくなってしまった。カナエやタマエは、それは神様があるべきところに収まったからだ。姿は見えなくともちゃんとおまんらを見ておる、と二人揃って同じようなことを言った。
あの翌日、二人がなけなしの小遣いをはたいて買ったプラスチックケースまるごとのイカ串は、蓋を開けて地蔵堂に置いておいたら、次の日にはすっかりなくなっていて、ケースとイカなしの串だけが残されていた。駄菓子屋の主人いわく、それ以降、店から菓子が消える事はなくなったという。
ノゾミの父はというとようやく今の仕事もしっくりくるようになったらしく、毎日元気に働きに出ている。あまりお酒も飲まなくなった。タイキの父の骨折も順調に回復し、あと数日もすれば働きに出られるだろうということだ。
それで、ノゾミとタイキだが、向こう山の神社に供え物をしてくることになった。二人は両祖母の差し金で、お互いに重い地酒の一升瓶を持たされて、今まさに貉の一本道を歩いている。両祖母いわく向こうの山の神様は酒が好きだから、それで機嫌を直してくださるだろう、酒を持っていってもう少しで神社を直せるから、どうかそれまで待ってくださいとお願いしてくるようにということだった。神様って意外と現金だよなぁ、と二人はは思う。
二人はため池の前に差し掛かった。ため池はいつもと変わらず山里の四方を囲む青い青い山々の風景を映している。
つい最近までは、この風景に馴染めなかったノゾミ。でも、今はそんなところでも――
「なぁノゾミ、あの後、稲荷神社でお参りしてったろ。おまんは何を願ったんじゃ」
――たとえ周りが山ばっかりだって、学校が遠くたって、祖母が怪談話ばかりする人だって、それはそれで悪くない。きっとここでだってやっていける。そんな風に思っている。
「……内緒」
「なんじゃい、ケチじゃのう」
二人はため池の前を通り過ぎ、向こうの山の神社へと足を進める。
ため池の水面が波打つ。すると、池の中心からサッカーボール大のそれは大きなオタマジャクシが顔を出した。大きなオタマは、その大きな丸い眼でしばし二人の後ろ姿を見送ると、身体を翻しボチャンと水の中へと消えて行った。
池の水面には波紋だけが残されて、そこに映る青い山々がゆらゆらと踊っていた。