Dandelion Ⅰ
「――兄貴は、本当に優しいんです」
街灯が、ちかちかと歪んだ光を辺りに撒き散らす。
明かりがふと強くなると、男の憂な横顔を一層が映える、まるでスポットライトかのように。
と、思えば瞬きを一度二度する内に、明かりは弱まり暗を落とす。――首無しライダーには、瞬きする『瞼』は存在しないのだが。
セルティがそう感じたのは、目の前の男の仕草を逐次見逃さなかったからだろうか。
警戒とは違う。単純に、惹かれるのだ。――この男には、そういった、ある種の才能というか、魅力があるのだ。
瞼の動きも、唇の動き、缶コーヒーを飲む指の動きひとつにしても、彼は”魅せて”みせる。
意図せずにそれをやってのけると言うならば、それこそこの男には俳優という職業は天職だ。
ブラウン管を隔てて存在しない、羽島幽平、もとい平和島幽は、異性にとってそれくらい”魅力的”な人間だった。
( ――そんなことを言ってみたら、あいつは嫉妬するだろうか。 )
心の中で、シュミレーションをしてみて、十中八九泣くだろうなという結論で落ち着く。
その姿を思い浮かべただけで、何故だか顔を綻ばせたくなって、綻ぶ顔なんか無いのに、微笑っていたのはほんの数分前のこと。
会話という会話をしていたわけではない。と、いうよりしていなかった。
「すぐ戻る」と言って、公園のゴミ箱をとある人物に投げ付けて物凄い勢いで去っていったた彼の兄で、セルティの友人でもある平和島静雄。
セルティには、静雄を待っているような用事は無い。通りすがりである。
しかし戻るというのは、待ってろという意味なのか、自分に言ったのかそれとも弟に言ったのか、それよりもあの調子で彼がすぐに戻ってくることが出来るのか――
そんな考えを巡らせながら、しばらく彼が消えていった方向を見つめていると、とんとん、と幽に肩を叩かれベンチに腰を下ろすことを促される。
「立ったままだと、疲れるから」
静かな声なのに、それは良く通った。どうにも、そういう目で見てしまうのは、セルティ自身もミーハーなところがあるからなのだろうか。
妖精である自分が言うのも笑える話だと思うが、セルティにとってもやはり彼は”雲の上の存在”に近いのだ。
セルティはまた順々と脳味噌を(何処にあるのだかは知らないが)回転させて、結論、こんな有名人を夜の公園に一人で置いておくのは不味いだろう、それに今日はもう仕事は
無いし、同居人は仕事で帰りが遅い――に辿り着いて今、彼のファンに思わず殺されてしまいそうなくらい羨ましい状況に居るのである。
セルティが腰を下ろすと、幽はすぐに立ち上がって、それにセルティは思わずびくりとするが、幽は自販機で缶コーヒーを買って来るとまたすぐに隣に腰を掛けた。
缶コーヒーをセルティに差し出す。差し出してから、「ああ」と声を出して、「ごめんなさい」と謝る。
セルティはPDAを出すのも忘れて、ふるふると首を振った。その様子を幽は瞳に映してから、一度瞼を閉じた。また開いて、視線をセルティから外して缶コーヒーを口につけた。
そのまま会話を続けるではなく、続けることも出来ず、途中から続ける必要も感じずにただ目の前に過ぎてゆく時間を見送った。
そして、冒頭部分に戻るのである。
「優しくて、優しいから、弱い人なんだって、」
美術品のように綺麗に引かれた唇が歪むたびに零れる言葉が、静かに反響する。
セルティは、言葉を出さずに、といっても声を出すことは出来ないけれど、例え声を出せたのだとしても彼の紡ぐ音を邪魔することはしなかっただろう。
言葉の意味をすぐに咀嚼するには、あまりにも唐突すぎた。
それでも、セルティは耳を傾けた。傾ける耳が、あったなら、そうした。
慣れた感覚。
きっと彼もまた、こうして欲しいのだと、そう思った。
「兄貴が暴力を嫌いで、それが泣きたいくらい辛いのは知ってて、分かってて、それでも兄貴が泣かないなら、それで兄貴が笑えないなら、俺も同じようにしようって、思ってました」
兄に笑っていて欲しかった。
悲しいなら、泣いて欲しかった。
兄の辛さを悲しみを、この手で少しでも和らげてあげることが出来たならと、願った。
でも、怖かった。
手を伸ばそうとすると、兄は”笑い”かけるばかりで、触れたとしてもそのてのひらが握り返されることはない。
兄も、怖いのだと思った。
自分と同じくらい、怖いのだと思った。
いつからか、それでも尚と重ね合っていたてのひらが、その体温を消してゆく。
いつからか、忘れてゆく。
「――俺は、兄貴から逃げてる。誰よりも近くに居ながら、誰よりも兄貴の味方だと言いながら、一番に俺は兄貴を裏切ってる」
てのひらを握り続ける勇気も無かった。
追いかける強さも無かった。
「――・・・・・それを分かってて、何もしないのが本当は一番ずるい」
空になった缶コーヒーのタブを指でかしゃんと折り曲げた。
からん、と中で跳ね返り、撥ね落ちる。
街灯が、ちかちかと歪んだ光を辺りに撒き散らす。
明かりがふと強くなると、男の憂な横顔を一層が映える、まるでスポットライトかのように。
と、思えば瞬きを一度二度する内に、明かりは弱まり暗を落とす。――首無しライダーには、瞬きする『瞼』は存在しないのだが。
セルティがそう感じたのは、目の前の男の仕草を逐次見逃さなかったからだろうか。
警戒とは違う。単純に、惹かれるのだ。――この男には、そういった、ある種の才能というか、魅力があるのだ。
瞼の動きも、唇の動き、缶コーヒーを飲む指の動きひとつにしても、彼は”魅せて”みせる。
意図せずにそれをやってのけると言うならば、それこそこの男には俳優という職業は天職だ。
ブラウン管を隔てて存在しない、羽島幽平、もとい平和島幽は、異性にとってそれくらい”魅力的”な人間だった。
( ――そんなことを言ってみたら、あいつは嫉妬するだろうか。 )
心の中で、シュミレーションをしてみて、十中八九泣くだろうなという結論で落ち着く。
その姿を思い浮かべただけで、何故だか顔を綻ばせたくなって、綻ぶ顔なんか無いのに、微笑っていたのはほんの数分前のこと。
会話という会話をしていたわけではない。と、いうよりしていなかった。
「すぐ戻る」と言って、公園のゴミ箱をとある人物に投げ付けて物凄い勢いで去っていったた彼の兄で、セルティの友人でもある平和島静雄。
セルティには、静雄を待っているような用事は無い。通りすがりである。
しかし戻るというのは、待ってろという意味なのか、自分に言ったのかそれとも弟に言ったのか、それよりもあの調子で彼がすぐに戻ってくることが出来るのか――
そんな考えを巡らせながら、しばらく彼が消えていった方向を見つめていると、とんとん、と幽に肩を叩かれベンチに腰を下ろすことを促される。
「立ったままだと、疲れるから」
静かな声なのに、それは良く通った。どうにも、そういう目で見てしまうのは、セルティ自身もミーハーなところがあるからなのだろうか。
妖精である自分が言うのも笑える話だと思うが、セルティにとってもやはり彼は”雲の上の存在”に近いのだ。
セルティはまた順々と脳味噌を(何処にあるのだかは知らないが)回転させて、結論、こんな有名人を夜の公園に一人で置いておくのは不味いだろう、それに今日はもう仕事は
無いし、同居人は仕事で帰りが遅い――に辿り着いて今、彼のファンに思わず殺されてしまいそうなくらい羨ましい状況に居るのである。
セルティが腰を下ろすと、幽はすぐに立ち上がって、それにセルティは思わずびくりとするが、幽は自販機で缶コーヒーを買って来るとまたすぐに隣に腰を掛けた。
缶コーヒーをセルティに差し出す。差し出してから、「ああ」と声を出して、「ごめんなさい」と謝る。
セルティはPDAを出すのも忘れて、ふるふると首を振った。その様子を幽は瞳に映してから、一度瞼を閉じた。また開いて、視線をセルティから外して缶コーヒーを口につけた。
そのまま会話を続けるではなく、続けることも出来ず、途中から続ける必要も感じずにただ目の前に過ぎてゆく時間を見送った。
そして、冒頭部分に戻るのである。
「優しくて、優しいから、弱い人なんだって、」
美術品のように綺麗に引かれた唇が歪むたびに零れる言葉が、静かに反響する。
セルティは、言葉を出さずに、といっても声を出すことは出来ないけれど、例え声を出せたのだとしても彼の紡ぐ音を邪魔することはしなかっただろう。
言葉の意味をすぐに咀嚼するには、あまりにも唐突すぎた。
それでも、セルティは耳を傾けた。傾ける耳が、あったなら、そうした。
慣れた感覚。
きっと彼もまた、こうして欲しいのだと、そう思った。
「兄貴が暴力を嫌いで、それが泣きたいくらい辛いのは知ってて、分かってて、それでも兄貴が泣かないなら、それで兄貴が笑えないなら、俺も同じようにしようって、思ってました」
兄に笑っていて欲しかった。
悲しいなら、泣いて欲しかった。
兄の辛さを悲しみを、この手で少しでも和らげてあげることが出来たならと、願った。
でも、怖かった。
手を伸ばそうとすると、兄は”笑い”かけるばかりで、触れたとしてもそのてのひらが握り返されることはない。
兄も、怖いのだと思った。
自分と同じくらい、怖いのだと思った。
いつからか、それでも尚と重ね合っていたてのひらが、その体温を消してゆく。
いつからか、忘れてゆく。
「――俺は、兄貴から逃げてる。誰よりも近くに居ながら、誰よりも兄貴の味方だと言いながら、一番に俺は兄貴を裏切ってる」
てのひらを握り続ける勇気も無かった。
追いかける強さも無かった。
「――・・・・・それを分かってて、何もしないのが本当は一番ずるい」
空になった缶コーヒーのタブを指でかしゃんと折り曲げた。
からん、と中で跳ね返り、撥ね落ちる。
作品名:Dandelion Ⅰ 作家名:ゆち@更新稀