ドラクエ:Ruineme Inquitach 記録005
そして“彼ら”と何やら短い会話を済ませると戻ってきて、バルコニーを親指で指示して笑った。
「今ちょうど暇だし、ちょっとした実践訓練でも。お前らも来れば?」
どちらともなく顔を見合わせるベクスター博士とクロウ博士。
「・・・ちなみにどこまで行くんだ?」
「どこまでって言うか、別にその辺でいいんじゃないのか。スペースは十分すぎるくらいあるし、今どうせみんな勤務時間外だろ」
「まあ・・・・・興味はある。記録も取りたいし」
手にしたノーメマイヤー端末をちらりと見やり、ベクスター博士は顔を上げる。
「邪魔にならなくて安全なら」
クロウ博士はそう言って腕組みをした。
「決まりだな。きっと来週の学会がとんでもなく愉快なパーティータイムになるぜ」
「だな・・・他の研究室の奴ら、失神するんじゃないか?」
「ヴィンスとカズモトさんはどうする?アリーは・・・行くわけないよな」
ベルティーニ博士は紅茶を一口飲み下すと“当たり前でしょ”とでも言いたげに首を振った。
「僕も遠慮させてもらう。見てみたい気持ちはやまやまだが仕事があってね・・・」
「私もここにいます。これ以上驚いて突然心臓が止まったりしたら困りますから。記録と報告書の作成は頼みましたよ、お二方」
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「魔力の応用レッスンその1。ルーラをもっと噛み砕いて使ってみよう、だ。理屈が理解できればあとは簡単、今までよりぐっと使い道が広がって戦闘に幅と奥行きができる。
まずちょっと俺がやってみせるから見ててくれ」
「え、ちょ、話進むの早くね?よくわかんねんだけど」
アルカディア本部内保護領域。何重にも並べられた防護壁に囲まれており、人工の樹木や交流場所、市街地などがある。エリアNの中で唯一人が自由に往来できる区画。
しかし一般人が外に出ていい時間は限られている。今はその時間外だ。
「気にするな。ま、ごちゃごちゃ説明するより見た方が早い。やるぞ。・・・ルーーラ」
「おい、どこ行くつもり・・・・え?」
訪れたことのある場所へ空を飛んで移動するための呪文。普通、詠唱を終えると体がほんの少し浮かび上がり、直後目では追えないほどの速度で移動が始まるはず。だが・・・
「瞬間移動しない・・・?」
かなり高い場所までふわりと浮かび上がったソロの体は、魔力のオーラを纏ったまま静止している。
そして空中で体の向きを変え足が建物の方に向くと、通常のルーラの移動速度からすればかなり柔らかな動作で―まるで地面に自然落下するかのように―壁へ向かって垂直に移動し、そのままそこに着地した。
「何それすごい!どうやってるの?クリアは使ってないんだよね?」
「ああ、今から説明する。実は今俺の体にとって、この建物の壁が“地面”なんだ。もっと言えばこの建物のある方向、つまりみんなから見て左が俺にとっての“下”。つまり重力の向きが変わってる」
言われてみれば、ソロの髪とコートは本来の重力に従い壁と平行に靡いている。話しながら壁を歩き、軽くジャンプして再び空中にとどまると、今度は頭を地面に向けて逆さになった。
そしてそのまま、やはり自然に落下しているように見える速度と格好で夜空に向かって“落ちて”いく。
「わあ・・・大丈夫なのかあれ」
「・・あの人に限っては大丈夫かどうか心配する必要はないと思いますよ・・・」
やがてその姿が砂粒のようになると、今度はその数倍の速さでこちらに向かって落ちてきた。
・・地面に激突する直前に空中で急停止し、ゆっくりと地面に降り立つ。
「今のは地面にぶつかる直前に重力をちょっと上に向けたから、衝撃がほとんどなくて高いところからでも楽に安全に着地できる。
実は、ルーラで空を飛べる理屈がこれなんだ。重力の向きや大きさを変えることができる。だからここでは、コツさえ掴めばこうして自由に空を飛ぶことができるんだ」
「ええー・・・」
「・・簡単にへえそうだったのか、じゃ済まないねこれは・・・。・・この世界では魔力の働き方が違うということなのかい?」
「ああ、この世界の物理法則に当てはめるからこそできる技だからな。俺達の宇宙じゃ無理だ。あとそれから重力の大きさを変えるとこういうことになる」
ソロがブーツの先で軽く地面を蹴る。するとたったそれだけで先ほどと同じ高さまで素早く浮き上がり、ふわりとまるで羽毛が落ちるかのような柔らかな動きで落下し着地した。
・・・・人工街路樹の葉の上に。
「ど・・・どうなってんだ・・・?軽くなったってことか?」
「まあ平たく言えばそう、軽くなったんだ。逆に重くすると――」
葉から足をずらす。すると今度は凄まじい速さで落下し、衝撃音とともに地面の表面のタイルが大破してその下に穴が開いた。
「こんな感じになる。まあ本当は重くなったんじゃなくて引っ張られる力が強くなったんだけどな。ただ重くなるだけだとたいして差はないから」
右手を翳し、粉々に壊れたタイルと地面をクリアで修復する。
「へー、面白そうだな!確かに空飛べたら楽だもんなあ」
「だろ?それに飛ぶだけならいちいち向きを変えなくても重力を小さくするだけでいいんだぜ、こうやって」
重心を落とし、地面を後ろに蹴って前へ飛び出す。その体はほとんど地面と平行になり、かなりの速度でしばらく飛び続けた。
足を前に出し地面を押し出すように蹴ると、今度は背中から後ろ向きに空中を移動し、もとの場所に戻ると一回転して着地した。
「おおー。なるほど、下に引っ張られる力が弱くなるからかあ」
「なんかわかった気がする。よし、やってみよ!」
「ああ。理屈さえわかっちまえばあとは慣れだ、感覚を掴めばいい。みんななら少し練習すれば使いこなせるようになるだろ。ただし」
「っと・・・うわっ!うわあぁぁやべえ!!」
「わーーー!?レックさん早!もうできたの!?ていうか大丈夫その速度!?」
くるくると回りながら浮かび上がったかと思うと、明らかに自然ではない速さで夜空に向かって落っこちていった。
「・・感覚を掴むまでが大変だって言おうとしたんだが遅かったか。にしても今言われたばかりの情報をこの一瞬で体に吸収させるとは」
「・・・あいつ魔法のセンスがありすぎるからそれが裏目に出たんだな・・・」
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「・・・なんか一人ものスゴい速さで飛んでったけど大丈夫なのか・・・?」
「・・まあ・・・何かあったらソロがいるさ。にしても本当に空が飛べるんだな。魔法、か・・・。あ、あの飛んでった青い奴はレックって名前で、もともと魔法の力の才に恵まれてるんだと」
「だからあんな早かったのか。んん・・・なんかああいうの見てると、これが夢なのか現実なのかよくわからなくなってくるな・・・」
ノーメマイヤーの端末を片手に、二人の博士は少し離れたところからそれを見ていた。
時折彼らの様子を文字にして打ち込み記録しながら、どこかふわふわとした頭で現実味のない光景を眺める。