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一握りの

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 カーテンの隙間から差す陽光はいつも謀ったように顔面を直撃してくる。
 目蓋の裏が赤く映れば、それが認識できればもう目覚め時だとわかる。
 いつものことながら目覚まし時計を止めようとして思い切り叩いて手のひらを怪我したり、自分の顔の上に落としたり、いい加減何とかしながらと手を伸ばす。
 あぁ、今日は手のひらを痛めるパターンだな、と思いつつも寝ぼけていて力加減できない。自分としては止めるつもりで思い切り手を振り下ろした。


「あ…あ?」


 ただいつもと違ったのは目覚まし時計がティッシュのような手応えの無さであっさり平べったくなってくれたことだ。



 田中トムは珈琲を飲む。
 朝は頭を動かすために甘めのものを飲むが、今日は殊更甘くしてみた。正直少し気持ち悪い。
 この珈琲を飲むためにカップを三個犠牲にした。さして力を入れた訳でもないのに粉々に砕かれるカップ達。
 トムには見覚えがあった。
 そう、平和島静雄。
 喧嘩人形の二つ名を持ち池袋で知らない者はいない男、トムにとってはただの可愛い後輩。……ただの、は訂正する。
 静雄が苛立ちを抑えられず力を制御できない時に珈琲を飲もうとするとちょうどこうなる。軽い音、確かに陶器の砕ける音を耳にしながら手のひらにはかすり傷一つない、強靭な肌と尋常でない膂力。
 まさか、な。トムの楽天的な考えは靴下を二足突き破り、シャツを三枚引き裂き、ジャケットを一着駄目にし、極めつけに玄関の扉を完全に閉められない程度に歪ませてしまった辺りで失せた。
 そして気付く。歩いて地面が陥没することなく、肩で何かを押し開ける等の行為で破壊が生まれることもない、意図的に力を入れようとする時に物は壊れる。
 カップは珈琲を入れて重くなる分、落とさないように力を込めなければならない。
 シャツや靴下やジャケットは引っ張って裾や端まで体を通さねばならない。
 原因はわかったが力の制御が難しい。綿でも摘むような感覚で歯磨きをしたが恐々とやったせいであまり磨けた気がしなかった。
 これは、この件については経験豊富な大先輩に早く会う方が良さそうだと思った。
 電車など人が多くて乗る気が起きなかった、少し贅沢かと思いつつタクシーで池袋へ向かう。爪ようじでも摘むような気持ちで財布からカードを取り出した。
「おはようございます」
 助かった。勤勉な後輩は事務所の前で忠犬よろしく待機してくれていた。事務所の扉まで家と同じにしてしまったら社長にどう説明しようかと思っていたところだ。
「今日タクシーっすか」
「あぁ、まぁな…悪ぃけど扉開けてくんねぇ?」
 静雄は頭の上に疑問符を浮かべながらも開けてくれた。レディファーストのような感じがして少しむず痒い。
「っとと…!」
 中に入ると誰の策略か、すぐ足元に空き缶が転がっていた。思わずトムは前につんのめり、体勢を崩したので転ばないよう空き缶の位置を変えるつもりで蹴った。
「……トムさん?」
 めりっ、と木製のキャビネットにめり込む空き缶。勢い良く思い切り頑張って蹴ればそれぐらいなるかもしれない、だが今トムは軽くつま先を当てただけだ。静雄が唖然とトムを見つめる。
「あー…何か知らねえけど朝起きたらこうなってた」
 トム的にもそう説明するしかない。目覚まし時計はリサイクル工場でプレスしたみたいに平べったくなったし、カップは泥で作ったみたいに、服は紙を破るように軽々と破壊されていった。
「…そ、すか…」
 唖然とした表情のまま静雄は相槌を打った。
 暫し沈黙が事務所内を優しく非情に包み込む。
「悪い、どういう訳かこんな感じだからよ、今日一日サポート頼みてぇんだけど」
「あ、はい…」
 上の空で頷く静雄にいつものトムなら気付いただろう。だが今日は気付くまで時間を要した。
 取立て先の家であっさり扉を外してしまったり、お昼にファーストフード店でトレイを真っ二つにし乗っていたバーガーやシェイクを天井まで跳ね飛ばしたり、バカになってた財布のジッパーを二度と開閉ができない状態にしてしまったり…
 静雄に迷惑はかけまいと思っていたがそうもいかなくなってきていた。タイミング悪く掛かってきた電話に反射的に手を伸ばしたが、携帯を潰しては仕事にならない。
「静雄悪い、ジャケットに入ってっから取って支えてくんね?」
「あ、はい」
 携帯は幸いにも昨日から左のポケットに入れっぱなしだ。入ってる方のポケットを静雄に向ける。携帯を取り出す際に顔が近付いて、いつも通りぼんやりしつつどこか上の空な静雄にトムはようやく気付く。
「もしもし、お疲れ様です……」
 相手は社長だった。社長との会話について上の空で、トムは静雄を見つめた。
 変だ。もしかしたらたった今の話ではないかもしれない、悟り出せば感の良いトムは
すぐにそれが随分前からだったのだろうと勘付く。
 電話が終わって静雄は折りたたみ式の携帯を閉じると、トムの左のポケットに戻す。そしてトムが自分を見つめていたことに気付いた。
「…俺の顔に何かついてます?」
「いや…」
 思わずトムも上の空に返す。静雄が不思議そうに首を傾げる、その間も違和感は続く。
「なぁ静雄、ちょっと試したいことあんだけど」
 そう言ってトムは静雄を人だかりから遠ざかった路地裏へと誘い込んだ。



作品名:一握りの 作家名:市松氏