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一握りの

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「俺のせいです
「俺が
「だから俺の
「俺の
「トムさん
「俺

 それは清々しいほど徹底的に言い訳を排除した謝罪だった。自分への怨嗟とも言えるほどに自責の念が強い。首から先を下げて項垂れてはいるものの、背筋はピンと張り膝の上に置いた拳の硬さは計り知れない。
 滑り出しの台詞は全て自分への叱責から始まる、今にも自分で自分を殴り出してしまいそうな勢いの後悔が声で伝わる。
 常人とは異なる力を持つ一人の男が自分と同じ力を持つ人間を求めること、それはそんなに罪なことだろうか? トムは思う。
 誰だって一人は嫌だ。仕事で、趣味で、通じ合う者を探す。デジタルだろうがアナログだろうが繋がりを求める。自分と共通した悩みを持つ者が欲しいはず。昨日こういうことがあって、今日こんなことがあって、通じる者同士で自分の失態や成功を酒の肴にでもして笑い合いたいはずだ。
 静雄の言葉は切実だった。胸に強烈な痛みが走る、失礼にあたるかもしれないが人に対して感じた切なさや憐憫の思いで胸を痛めたのは初めてかもしれない。
 いや、彼と初めて会ったときもそうだった。
 彼は独りで蹲ってただ痛みが通り過ぎるのを待っていた。体の外に負った傷などすぐに治った、内に負った傷は時間が経った今でもこうして時折疼き、じくじくと膿を吐き出すのだろう。
 であれば、この痛みは生まれて二度目か。
 いずれも同じ人物から与えられた哀しい痛み。
「静雄」
 自分への呪いが終わったのか、急に沈黙した静雄は寝ているのかと思うほど微動だにしなかった。ただトムが勢いで椅子を倒し名を呼びながら立ち上がるとビクッと肩を揺らした。見なくても膝の上で握り締めた拳に更に力が入ったのだろうと容易に想像がつく。
 声を出せば声が、息を吐き出せば肺が弱々しく震えた。胸の内側を両手の中にぎゅっと握りこまれたかのような痛みが継続している。
 トムはゆっくりと鼻から息を吸って、時間をかけて口から吐き出した。
「なぁ静雄、どう考えたってお前のせいじゃ無ぇべ」
 小さく、小刻みに震える肩に手を置く。
「願ったぐらいで何もかも叶っちまうんじゃ偉い人も技術の進歩もいらねぇだろ? 誰か一人が願って平和が訪れるんなら争いだって無いはずだろ」
 それにな、とトムは続ける。
「お前が願ったぐらいじゃ、トムさんそう簡単に変わんねぇよ?」
 さぁ、立て。肩に置いた手を振り上げて思い切り両頬を挟み込んだ。突然のダブルビンタに静雄は思わず「痛っ」と呻いて呆然と顔を上げた。
 ゆっくりと立ち上がった静雄の浮かない顔を見上げ、ニッ、と歯を見せて笑いかける。
「!」
 抱き締めると静雄の方が背が高いため、自分が肩に頬を寄せる形になるのが少し恥ずかしい。
「今この場での俺とお前は同じどこにでもいるただの人間だ」
 ガチガチに固まっていた体が長く時間をかけて吐き出した溜息と共に力を抜き、ほんのり熱を帯びてゆく。その温かさが心地好かった。
「さぁ、抱き締め返してくれよ相棒」
 トムは自分がされたら痛いと思うほどの力で静雄を抱き締めていた。
 静雄が恐る恐る、しかし少しずつ確かな力で抱き締め返してくれる。
 その抱擁は息が詰まるほどに強く、痛く、静雄の涙声の呼びかけにトムも思わず目頭を熱くしながら何度でも応え続けた。


 翌日の朝になるとトムは元に戻っていた。目が覚めたと同時に不思議と自覚できた。
 起き抜けに先に起きていた静雄の真っ青な顔を見て動揺しながら訳を聞くと、夜知らない間にトムを抱き締めすぎたかと思ったらしい。
「そんな弱くないべ」
 うつ伏せで顔を横に向けて寝ていたため勘違いされたようだ。何ともないと両手を広げてみせて脚も動かしてみせてようやく静雄は安堵の溜息をついた。
「しかし、なぁ静雄」
「はい?」
「こんなに健全な朝を迎えたの初めてじゃないか?」
 静雄からの返答はなく、ただ困ったように縮こまって立て膝の上で組んだ腕の中に顔を潜り込ませてしまった。
 けれど腕の中に入りきらず両端から飛び出した耳が真っ赤で、中でどんな顔をしているのか分かって楽に想像できた。
 トムが噴き出して、悪戯心から静雄の足に自分の足を重ねてやると、静雄は居心地悪そうに身じろいだがトムと触れ合う足をどかそうとは決してしなかった。

 
 
END
作品名:一握りの 作家名:市松氏