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LIFE! 5 ―Sorry sorry sorry!―

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LIFE! 5 ――Sorry sorry sorry!――


 ――どうすれば、マスターは笑ってくれるのだろう。
 そんなことを、このところ、ずっと考えている。マスターの気配をいつも感じながら……。
 背後では、凛にからかわれたマスターを、セイバーが気を揉んで励ましている。
 居間での食後のひと時は、いつもの光景だ。
 台所で食後の後片付けをしながら、そんな様子を、ちら、と垣間見る。
 目の端に入る赤銅色の髪と、琥珀色の瞳。
 なぜだろうか、マスターが遠くに感じられるのは。
 座卓を拭いた布巾を持って、凛に散々からかわれたマスターは疲れたため息をこぼす。そんなマスターを振り返ることなく、手を出して、布巾を寄越せと示唆する。
 少し間があって、布巾が手に載った。
 まだ背後に気配がある。
「マスター、何か用が?」
 またしても振り返らずに、布巾を洗いながら訊く。
「いや……、何も……」
 マスターの何か思い詰めた思念が刺さった気がした。
 明確な言葉ではないそれは、とても悲しい感じがする。
 踵を返すマスターを感じて布巾を握りしめていた。



「こんな時に三連休か……」
 居間のカレンダーを恨みがましく見据える。
 祝日が憎らしい。
 凛とセイバーはこの連休中は来ないそうだ。
「どうする……」
 呟いて、ため息をついた。
 マスターとこの家で、丸三日過ごすことを思うと気が滅入る。
(うまくいかない……)
 少し前まではこんなではなかった。少しずつだが、オレたちは歩み寄っていたと思っていた。
(オレの勘違いだったが……)
 また、ため息をついて、朝食の準備に取りかかった。

 スポンジを泡立たせ、食器を洗う。カチャカチャと陶器の触れる音だけが静かな台所に響く。
(リモコンに手を伸ばして、マスターの手と当ってしまうとは……)
 朝食を終えて、洗濯物を干す頃合いだと思い、テレビを消そうとした。
 同じようにマスターもテレビのリモコンに手を伸ばしていた。マスターと思うこととタイミングが同時だったようだ。このあたりのシンクロ度が少し嫌になる。
 触れた手が熱い。
 マスターの手を掴みそうになって、慌てて引っ込めたが、少し違和感があっただろうか?
(見つめてくる琥珀色をもう少し見ていたいと思ったが……)
 そんな余裕はない。
 これ以上近づくのは危険だ。マスターをどうにかしてしまいそうになる。
 オレはいったい、何を考えているのか……。
 ため息をつきながら、食器を水で流し、水切り籠にふせていく。マスターに触れた左手を流水に当てる。
「熱い……」
 マスターに触れた手が、熱い。
「マスター……」
 オレの声もどうしたのかというくらい、熱かった。
 水を止め、シンクの縁に手を乗せたまましゃがみこむ。
「どうすれば、いい……」
 マスターがわからない。
 どうしてほしいかも、言ってはくれない。
 凛のように、のべつ幕なしで、なんでもかんでも言ってくるのならいい。それなら対処のしようがある。
 だが、何も言われなければ、何を望むのかも、何をしたいのかも、オレは測りかねる。
 それに、オレ自身も、わからないことだらけだ。なおさら、性質が悪い。
 オレのマスターであるはずなのに遠い。
 まるで、わかり合うことができない。
(オレは、マスターに負担をかけてばかりいる……)
 魔力供給にしてもそうだ。魔力の補給を理由に、性交を強要しているといっても、過言ではない。
 激しく抵抗でもしてくれるのならばまだいい。しかし、あのマスターは、強要されているとわかっていてもおかしくはない状況で、なお断らない。
 オレを現界させるために、とマスターは嫌とも言えず、二つ返事で応える。辛そうにオレを受け入れる。
 確かに、そうすることは当然だ。マスターが望んだことだから、当たり前なのだ。だが……。
(なぜ、これほどに、心苦しいのか……)
 魔力が足りないのだから当然だと言って、正当な権利を主張すればいい。
(なのに、オレは、何をためらう?)
 マスターが望んだのだ、と、ふんぞり返ってやればいいのだが、オレにはできない。
 必死に受け入れるマスターを、オレは見てしまった。
 震えながら、歯を喰いしばりながら、身体の痛みと心の痛みに耐えながら、オレを気遣い、何度も謝罪する様を見てしまって……、そんな態度がとれるはずがない。
 少し慣れて、震えることは少なくなった。快感も知ったはずだ。なのに、なぜ、マスターはオレを見ようとはしない?
 どうして、いつも辛そうにしている? ……いや、確かに、辛いことではあるのだろうが。
 それ以上に、無理をさせているとわかっていて、どうしてオレはやめられない?
 聖杯戦争は終わった、戦う力を持っている必要はない、無理をさせてまで魔力を補給することもないはずだ。
 なのにオレは、当然のようにマスターにねだっている……。
 快感に浮かされながら、何度も謝るマスターの思念が、突き刺さってくる。その思念を受け取ることが辛い。だが、それでもオレは、触れたいのだ。温かく、甘い、マスターに……。
(マスター……)
 ため息をこぼし、立ち上がる。いつまでもしゃがみこんでいるわけにもいかない。布団でも干そうと思い、廊下に出た。
(堂々巡りだ……)
 マスターの部屋に向かいながら思う。
 このところ、オレの思考はループに嵌っている。出口が見つからない。何度繰り返しても、また、ふりだしに戻るという堂々巡り。
 こんなこととは無縁だった。
 英霊となっても、感情や他人の気持ちや、そういうことに対して考えることなど無用のものとなっていて、オレとは対極にあるものだった……。
(そんなオレが、考えてもわからないのは当たり前だな……)
 苛立ちながら視線を上げ、縁側から庭に目を向ける。
 洗濯籠からシーツを広げたマスターがいる。近くでは、まともに顔すら見ることができないのに、いつもその姿を追ってしまう。
「マスター……」
 苦しい。
 どうにかして、この泥の中のような、自分の絡み尽した混濁の思考から這い出たい。だがそれは、自分一人では無理だと、どこかで理解している。
(マスター、苦しい……)
 マスターに助けを求めるのは、お門違いなのはわかっている。だが、オレを引きずり出せるのは、やはり、マスターなのだと、どこかでわかっている。
 だから、マスターにどうにかしてくれと迫りたくなる。
 庭木から小鳥が飛び去り、影が走ったのを見上げ、マスターは眩しそうに目を細めた。
「……っ……」
 息が詰まりそうになる。
(オレはなぜ、こんな衝動に駆られている?)
 足が勝手に庭へ向かう。止めようと思うが、ままならない。
(どうして、マスターを抱きしめたい、などと……?)
 先日もそうだった。
 ギルガメッシュに夕食を作ってやるマスターが、あろうことかマスターに口づけたギルガメッシュが、そんなことをしたギルガメッシュを可愛いところがあるなどと言ってのけるマスターが……。
 混乱の極みで、洗い物をするマスターを抱きすくめ、そのまま風呂へと連れ込んでしまった……。
(この胸苦しさは、なんだ! オレは、何がしたい!)
 今なら、まだ引き返せる。