比翼の鳥は囀りて
プロローグ
あれは……クスノキの連理木に、花が咲いた頃だった。
すらりとした長身の地の守護聖は、ようやくその任期を終え聖地を出ようとしていた。
その腕の中には、今や宇宙を統べる至高となって久しい女王……アンジェリークが、華奢な肩を震わせていた。女王候補時代よりほっそりとした体に、長く伸びたふわふわの金の髪が揺れる。
ルヴァはその髪を、背を、何度も何度も愛おしげに撫でていた。
「……さあ、もう行かないと」
苦笑混じりでとんとん、とアンジェリークの背に合図を送る。アンジェリークはイヤイヤと大きく頭を振って、力いっぱいルヴァを抱き締めた。
「アンジェ、ほら顔を上げてください。あなたの顔をちゃんと見せて」
そろそろと見上げたアンジェリークの顔は、泣き腫らして目尻は赤くなり酷い有様だった。
それでも……誰よりも美しいとルヴァは思う。
「愛していますよ、アンジェ。今までも、そしてこれからも」
片眉を少し上げ、あなたは? と言外に問う。
「わたっ、し、も……っ、わた、しも、愛してるわ……!」
しゃくり上げながら言葉を紡いだ刹那、翠の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
「ほらほら泣かないで。泣いていたら、私の顔が見えないでしょう?」
微笑みながら両手でアンジェリークの涙を拭う。女王候補時代からずっとこうしてきたけれど……明日からはもう、してあげられない。
しばし言葉に詰まっていると、アンジェリークが口を開いた。
「さよならは言いません。必ず逢いに行きます」
その視線は、幾度も試練が起こる度に乗り越えてきた、女王のまなざしそのもので。
どんなに辛くとも、悲しくとも、涙の後には必ず自分の足で立とうとするこの人を……心から愛している。
「だから、それまで……待っていてくれますか」
泣くのを堪えているのだろう、挑むような強い視線を向けて言う。ルヴァの背に回した腕はいまだかたかたと震えていたけれど。
「もちろんですよ。言ったでしょう? 私たちは比翼の鳥だと」
どんなに離れていても。何があっても。
死ですら私たちの絆を断ち切らせはしない。
「ずっとあなたを想っています。心はいつも傍に在りますから」
だからどうか、あなたの行く先に幸あれと────