比翼の鳥は囀りて
始まりの歌声
女王試験も中盤となった頃、地の守護聖ルヴァは森の湖へと足を運んでいた。たまには執務室から出て木陰でゆっくり本を読もうかとやって来たのだ。
木漏れ日が射す森の小道を抜け、見晴らしのいい湖のほとりへ出たとき、それは聴こえてきた。
誰かの歌が聴こえる。
柔らかなビブラートのかかった、女性の歌声だった。
(────なんて透き通った声でしょう!)
強く張りがあるのに、小鳥の囀りのようにとても耳に優しい。
いったいどんな人が歌っているのかチラリと気にはなったものの、その伸びやかな歌声があまりにも素晴らしく、邪魔をしないようにと木陰で本を開いた。
それからはほぼ毎日、森の湖へ出かけるのが日課になっていた。
自分はどちらかというと宵っ張りのほうだったが、あの歌声が頭から離れなかったのだ。
毎日というわけではなかったが、平日の人気のない時間にはよく聴こえてきた。
耳に届く歌は様々だった。
ときに切なく、ときに朗らかに。囁くような歌声の日もあった。大抵は二曲か三曲を歌い上げると去っていく。
いつしか彼女の歌を聴きながらの読書は、ルヴァに至福のひと時を与えるようになっていた。
どんな人が歌っているのだろうと再び気になり始めたある日、ついにその姿を目にすることが出来た。
その日は午後からの予定があったので、早朝に湖へとやって来ていた。
しんと静まり返った湖には朝靄がかかりとても美しかったが、やはり何か物足りない。
(今日はいないのでしょうか……)
残念に思いつつ本を広げて暫くすると、少し離れた場所から足音がして見慣れた姿が現れた。金の髪の女王候補、アンジェリークである。
この湖の周りには幾つかの小道があり、彼女はルヴァとは違う道を辿りやって来たようだ。こんな時間に何をしているんだろう、と様子を伺った。
アンジェリークは胸の前で両手を組み、大きく息を吸い込んだ。
次の瞬間、ルヴァの目が驚きに満ち溢れた。
(─────あの歌声……!)
どこまでも澄み渡る空のような声の持ち主は、試験の始まりの頃にわたしには取り得なんて何もないと言っていた、アンジェリークその人だったのだ。
取り得がないどころじゃない。特技と言い切っても余りある美声じゃないかと、ルヴァは思った。
エリューシオンの民は知っているのだろうか。
大陸の育成を任されている女王候補たちは、大陸に住む者たちには背に翼を持つ天使に見えているらしい。その姿でこんな歌声を披露すれば、天使様を讃える銅像が一気に百や二百は作られそうだ。
このとき、生まれて初めてどくりと心臓が跳ねた気がした。