比翼の鳥は囀りて
エピローグ
帰り際にホテルからアンジェリークの荷物を運び出し、そのままルヴァの自宅に戻ってきた。
ルヴァの自宅は市街地から割と離れたところにあった。
「……聖地でも結構遠かったのに、ここでも郊外を選ぶんですね……」
アンジェリークのそんな呟きに苦笑して答える。
「あの私邸は代々の守護聖のものですからねー。でもあの静かな環境が気に入っていましたよ。どうも都会の喧騒の中で暮らしている自分、というのが想像できないもので……」
「そうね、わたしにも想像できません」
「でしょう? まあ事務所が中心部にありますから、買い物にはあんまり不自由もしていませんし。あ、あなたが不便だと思うならどこへでもお引越ししますからねー」
荷物を運び込んでアンジェリークをリビングへと案内したとき、ふとあることに気づいた。
テーブルの上に散らばった、彼女からの手紙の存在に。
「あら、ルヴァ……これって」
当然の如くすぐに見られてしまい、顔が熱くなる。
「あっ、あああああ、あの、すみません散らかってて。すぐ片付けますので……!」
わたわたと手紙をかき集めるその手を、アンジェリークがそっと抑える。
「取っていてくれたのね。じゃあ……これも、追加してくれます?」
手に持っていたクラッチバッグから、一通の手紙を取り出してきた。
「恥ずかしいから、読むのはわたしがいないときにしてね」
「今はだめなんですか? うーん、それは残念ですねー」
すぐにでも封を開けてしまいたい気持ちを堪えて、やむなくアンジーを紹介することにした。
「そうそう、噂の女の子を呼びましょうか。アンジー? 出ていらっしゃい」
とっとっと、と軽い足音がして白い毛玉が現れた。
見慣れない人間に怯えたのか、ルヴァの傍にもなかなか近づこうとしない。
「アンジー、あなたの名前の名付け元が来ましたよ。ほら、ご挨拶してくださいねー」
小さな頭をよしよしと撫でると、そろりとアンジェリークへと近づいてきた。
ルヴァの慈しむような声音を聴けば、町の人間が誤解をするのも無理はないと思えた。
「あなたがアンジーね、初めまして。アンジェリークよ」
屈み込んで話しかけると、アンジェリークの足に散々纏わりついて去っていった。
「ほんとに翠の目なのねー」
「ね、あなたに似ているでしょう? ふわふわで人懐こいところ、とか」
そう言って、髪留めで綺麗に纏め上げられたアンジェリークの金の髪を解いた。
かつて自分が贈った白金の髪留めが、手の中に納まる。
ルヴァはそれを暫く感慨深げにじっと眺めて、テーブルの上に置かれた螺鈿の小箱の上へと載せた。
「ようやく……揃いましたね」
アンジェリークからルヴァへ。
ルヴァからアンジェリークへ。
お互いがお互いを想って贈り合った二つが今、長い刻を経てようやく並んだ。
幸いにも、形見になることなく。
「ずうっと一緒にいましょうね。愛しています。私の魂の片割れ、アンジェリーク……」
華奢な背に腕を回して引き寄せると、アンジェリークの両腕もルヴァの肩へと回った。
「わたしも、ルヴァのことずうーっと愛してるわ!」
太陽のようにきらきらと弾ける笑顔を瞼の裏にしっかりと焼き付けて……ルヴァは思う。
この愛しい人と巡り会えた偶然の数々を。そして奇跡を。
幸せということの意味を教えてくれたすべてに、ありがとうと。
そっと口付けを交わす二人の頭の中に、いつぞやの旋律が浮かぶ。
天地分かつ さだめ繋ぎしこの腕 地に根ざして連理の枝となれり……