二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

やみのそこ

INDEX|2ページ/2ページ|

前のページ
 

「子供のころの思い出話は、ここでのことばかりだよ。君のおかあさんの作るきなこ餅より旨いのはまだ食ったことがないそうだ。君のことも散々きかされた」
 ぬう、と大きな体が闇の中で振り向く。
「僕は、嫉妬しているんです。大事な花嫁を、君に獲られてしまいそうで」
 ビキは慌てて頭を振った。闇の中では見えないと気づいて、言葉を継いだ。
「違います、俺、いや、僕とスイ……お嬢さんは、そういうのじゃなくて」
 はは、と張りのある笑い声が埃っぽい空気を揺らした。
「ああ、言い方が拙かった。……もちろんわかっています、そういう意味の嫉妬じゃない」
 男はぐるりと首をめぐらせ、蔵を見渡した。
「……できることなら、お嬢さんや君と近い年に生まれて、一緒の時間を過ごしたかった」
 蔵の外から母の声がする。お茶をいかがですか、と幾分か遠慮と怯えのこもった声で呼んでいる。
「ああ、やっと見えてきたところなのにな」
 男は残念そうに言った。
「お嬢さんの言っていた、光の河が見てみたかったんだが」
「あれは……そう簡単に見えるものじゃないです」
「そうか」
「俺も見えません。スイに笑われました、不器用だって」
「じゃあ、僕も笑われるのかねえ」
 ふふ、と静かに笑いあった。
「出ましょうか」
「ああ、おかあさんにあまり気を揉ませても気の毒だ」
 男は先に立って扉を開けようとしたが、ふと思いついたようにビキを振り返り、
「その、きなこ餅というのは、手間のかかるものかな?」
 お嬢さんのお土産にしたいんだが、と迷う様子に、ビキは笑った。
「母に言ってみます」


「僕とお嬢さんは、生まれる前に親同士が決めた許婚なんです」
 よくある話です、と男は微笑んだ。
「ご本家は他にもあちこちと約束があるから、なかなか僕の番が回ってこなくて、こんなにトウが立ってしまいました」
 母は困ったような表情を浮かべたが、ビキは遠慮なく笑った。
「お嬢さんが病気になって、一度ご本家からは約束はなかったことにしてほしいという話もありましたが」
(この人は、断るつもりはなかったんだ)
 後付けならばなんとでも言える。穿った大人はそう言うかもしれないが、ビキは素直に信じた。
「不自由なく暮らしてもらうにはどうしたらいいのかと、随分悩みましたが……こちらのお陰で、大事無かったと聞いて、御礼に参りました」
 座布団を外し、丁寧に頭を下げられて母もビキもうろたえた。
「いや、治療をしたのは、うちじゃなくて蟲師で」
「ああ、いずれ彼にも挨拶をと思っていますが」
 どうにも連絡の付きにくい人らしくて、と男は困ったような笑顔を見せる。
「……お嬢さんが、こちらの……ビキ君のことを、たいそう心配しているのです」
 母が小さく息を飲むのがわかった。
「ご本家はあのとおり、事業も関わる人も多いので、あることないこと言う人もいるだろう、と。縁談が本決まりになって、昔のことを持ち出してあれこれ嫌がらせをされていないか、確かめてほしいと頼まれました」
 おそらく、本家のスイのほうにも、いろいろと嫌なことが聞こえてくるのだろう。年の離れた、財産家の娘を娶るこの男も、根も葉もない噂をたてられて迷惑しているに違いない。
「……いいえ」
 母はにっこりと笑った。
「本家の縁組のときには、いつもあれこれ騒がしくなります。いろいろあっても、皆馴れていますから」
 終わりよければすべて善しです、と吹っ切ったように締めくくる母に、男もそうですね、と明るい声で答えた。
「かあさん、米。そろそろじゃない?」
「あ、ああ忘れるところだった」
 失礼いたします、と厨に下がる母を見送り、男は姿勢を正してビキに向き合った。
「僕はこのとおり、お嬢さんや君から見れば随分老けているし、商売しか能のない朴念仁だけれど」
 膝に拳を揃え、対等の相手にするようにまっすぐにビキの目を見る。
「お嬢さんを決してふしあわせにはしない。約束するから、どうか許してほしい」
 ビキの大切な幼友達を、遠くへ連れて行くことを。
「……許すも、なにも」
 くすぐったい笑いがこみ上げてくる。
「あなたは、スイが好きなんでしょう。スイも、あなたを」
 はい、と照れながら男は頷く。
「だったら、なんにも問題ないじゃないですか」
 ビキ、と母が呼ぶ声がする。
「米が蒸せたみたいです。餅搗き、してみませんか」
「何年ぶりかな。巧く搗けるかな」
「スイも喜びますよ、きっと」
「……大人を揶揄うものじゃない」
 言いながら男は羽織を脱ぐ。
 上等のきものにたすきをかけ、餅とり粉ときなこにまみれながら、スイへの土産を作った。
 義眼だとか、その瞳が碧いとか、この男には一切関係のないことなのだ。
 とっぷり暮れた道を、大きな折り詰めを手に帰ってゆく男を見送りながら、会えてよかったとビキは呟いた。


 その晩、久しぶりにスイへの長い手紙を書いた。
作品名:やみのそこ 作家名:みもり