いおの祝言
いかにも借り着といった風情の、身に馴染まない紋付袴の潮の隣で、褪せたきものはどうにも不釣合いに、みすぼらしく見える。それでもいいのだと、納得した空気に一座は包まれていた。
ほんの短い逗留になった。いつもならこの海辺に立ち寄る時期ではないからだ。ギンコには他の仕事もある。
船で岸伝いに行く方法もあったが、ギンコは山道を選んだ。
今度は、関守石には一度も出くわさなかった。
「よう」
やはり、つい挨拶が口をついて出る。いおの影響か、どうもこの沼に人格があるような錯覚をしてしまう。
「悪さしてねえか」
もちろん返事があるわけもない。ギンコは靴の爪先が濡れるかどうかというあたりに立ち止まり、隠しから小さなフラスコを取り出した。
「祝いの酒だ」
栓を取るとほんのりと酒精が香る。化野は奮発して、いい酒を供したようだ。
「おまえにゃ直接関係はないが、おまえの親と縁のあった者の祝いだ。まあ付き合え」
とろ、と酒を垂らすと、風もなく一面鏡のように凪いでいた水面がさざめいた。
「祝ってやってくれ」
上等の酒精に惹かれたようにはかない蟲たちが集ってくる。散らそうかと、いつもの癖で蟲煙草を咥えたものの、火を点けるのをギンコは控えた。
酒の雫をぽとぽとと畔の草に垂らす。淡い光を放つ蟲たちが嬉しげに集る。季節の早い蛍が留まったように、ギンコの足元がほのかに明るくなった。
常人には見えぬ小宴を横目に、残りの酒を直接喉に流し込むと、ギンコは峠を目指して歩き出した。