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エリンネルン

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あいつが帽子の中の蜂みたいな日記魔であることは周知なのだけど、あのばかデ
カい書庫に一等大事で、大事にし過ぎて口外もしてない本が一冊あることは俺以
外に誰が知っているだろう。
片割れのお前なら教えられているかもしれない。あるいは異端から敵に、一時は
運命共同体でもあった奇縁の同族なら。
だけどもしもだよ。もしも俺しかあの本の存在を知らなかったら。
とっても俺好みの甘い話だ。しかしねっとりと重い、糖蜜みたいに。
甘いのは好きだけど重いのは主義じゃない。
だから一つ共有しよう。
ある健気で哀れな男の話だ。







「金細工で無花果と葡萄の蔦それに桜桃をあしらって欲しい」
「おい」
「葡萄の実はいらねぇ。銘の刺繍にはほんの一筋か二筋銀をいれてくれ」
「ちょっと待てって」
「光沢の鈍い良いやつを用意してある、それで」
「待てって、プロイセン!」
らしくなく声を荒げて、ようやく深夜の無粋な訪問者は口を止めてくれた。
なんだよ、という非難がましい目で睨み上げられるが、そんなんで怯んでいられ
ない。何しろ精神的肉体的美しさに最大の貢献をする睡眠を妨げられたのだ。
しかも今この瞬間、一夜のプティタミが冷えたベッドで目を覚ましてしまうかも
しれない!それは女性へのマナー違反どころか裏切りだ!

「あのねぇ、今何時か分かる?梟だって主の下へ帰る時間でしょ」
「パリは夜の帳が降りない街じゃなかったのかよ」
「俺には降りるの」
減らず口に付き合う気が真夜中に湧くわけもない。寄りかかった扉を開いたのだ
って旧知ゆえの最大限の譲歩だったのに。何といってもベッドの上には今夜の、
「声に出てんぞ」
「あら、失礼」
どうやら心の内では収まりきれてなかったようだが、それもこれもみんなこの不
作法で不躾な真夜中の闖入者のせいだ。田舎者はこれだから嫌だ。
「お前んとことは時差なかったと思ってたんだけど、お兄さんの気のせいか?」
「んなことどうでもいいんだよ」
それより、とせっかくの軽口をまるごと放り投げて、そのくせ頼みがあるんだと
抜かしてくれちゃう。調和を愛する俺には理解不能な思考過程だ、いつもながら。
大体ついこの間さんざ俺を叩きのめしてくれたのはどこのどいつだ。





「装丁」
招かれざる客をゲストルームに招き入れてワインをだしてやりながら、プロイセ
ンの言葉を繰り返した。
「ああ」
「装丁?」
「そうだって言ってんだろ!」
鸚鵡かよと吐き捨てる姿はとてもじゃないが人にものを頼みにきたヤツの態度じ
ゃないのだが、残念ながらこんな事でいちいち目くじらたてる程に浅くない付き
合いだし、そもそもそんな殊勝な物腰を期待してもいない。
「はぁ…。で、なんでまた装丁の話なんか出てきたの」
「……俺の本の装丁だ」
「俺のって……あ、まさか日記か!?あの膨大な!」
プロイセンはかの大英帝国とまではいかなくてもゲルマンの血統らしくかなりの
読書家でコレクターだ。しかしながら「プロイセン」と「本」という単語からま
ず組成されるのはヤツの千年に届きそうな日記だろう。
「無理!あれ無理だから!古過ぎて手ぇ入れた瞬間くずれるだろっ」
重労働では済まされない単位だと思いっきり首を振った俺を、小馬鹿にした風に
ふん、と鼻をならしてちげぇよと言ってから、珍しく口ごもった。
「あ〜、とだな、本を作るっていうか…いや作るんだが、書くってわけじゃな…
 いや書いてんだけど、」
照れ隠しなのか一向に進まない。だが俺には照れ隠しから来る回りくどさへの耐
性がそりゃもう神の領域くらいにはある。十世紀越えのスキルをフルに生かした
結果、連れ出された先は国境を超えて、ドイツはマインツだった。


作品名:エリンネルン 作家名:_楠_@APH