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エリンネルン

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シャツの袖を肘までまくりあげて、印刷済みの紙を二つに折り始めた存外に繊細
な手付きよりもそんなプロイセンが当たり前に着く机と椅子がある事に驚いた。
製本一筋七十年といった風情の製本工房の主と目視で挨拶を交わしたから、例え
ば父の代からの御用達であるとかそんな関係だと思った。
けれどプロイセンはそのまま伝えた俺の推測を一蹴した。
「俺様やドイツの御用達がこんなオンボロ工房なわけないだろ」
直後にすこん、とプロイセンの頭に木製のへらをヒットさせた主のコントロール
に俺は小さく拍手を贈った。確かに大量流通には向かないが、まだ生臭く瑞々し
い紙の匂いとじわりと立ちこめる古い据えた古書の匂い、溜め息をつきたくなる
濃厚なインクの匂いと古来の砂漠の果物を連想させる糊の匂い。それらが混
ざるバランスと濃度は充分に"御用達"の名に値するように思える。


「見習いがデカい口叩くんじゃない」
「いっ…てぇ〜。事実だろーが」
「見習い?」
俺が口を挟むと老齢の主は年月に角のとれた折りべらを止めて、力強く頷いた。
「ある日いきなり本を作りたいから教えろと怒鳴り込んできおった」
「人聞きワリィだろ、丁寧に頼み込んだんだ」
「一朝一夕で出来るもんじゃないと言ってやったのに、勝手に居ついてあれこれ
 世話を焼いてくる始末で、」
「心のひろーい親方さまがおれてくれたってわけだよ」
「ギル…お前ねぇ…」
自ら言葉を継いでにやにや笑いで感謝してるぜ、と工房主にウィンクを飛ばした
友人のやり口はよく知っている。図々しく上がりこんで恩を着せて、最終的には
我を通してしまう。

「つーか…どんだけやってんの」
妙に手慣れてないか?とプロイセンの手先を覗き込む。すると左手の指と直方体
の折りべらを器用に動かし二秒に一枚くらいのスピードでぴしりと角を揃えて、
ドイツ語の並んだ紙を一枚ずつ折って本の"ページ"に作り替えている。
一枚折って、折りべらの角で次の一枚を持ち上げる前に、紙の束の上を微妙な力
加減で滑らせて一番上の一枚を少しだけずらすのがコツなのだと蘊蓄をたれた。
するとまた工房主の、見習いが何を偉そうにというお叱りが飛んで、プロイセン
もうっさいジジイと叫び返すものだから、またもや罵倒のとばし合いとなった。
「アンタはもっと褒めて伸ばす事を覚えろ!そんなだから後継ぎの弟子もいつか
 ねぇんだよ」
「そこらの奴なんぞに俺の技術を教えてやる気はない!」
「ばっか、それじゃ工房続かねぇだろうが」
「俺の代で閉める」
「おい、それじゃドイツの損失になっちまうだろ、それじゃ困るぜ」
「いいから手を動かせ、半人前」
これを微笑ましい師弟関係と呼ばずして何と呼ぼう。自国民と自然にこんな関係
を築ける友人を実は尊敬している。嘘じゃないよ。



作品名:エリンネルン 作家名:_楠_@APH