二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

エリンネルン

INDEX|3ページ/3ページ|

前のページ
 



「で、なんで俺はここにいるわけ」
罵倒だか師弟自慢か境界線の引きがたい会話が一段落ついたのを見計らって声を
かけた。でなければ貴重…でもないが、休日にナント出身の美女とのデートを断
ってここにいる俺が哀れ過ぎるからだ。

「ああ、そうだった忘れてた」
「忘れないでよ!」
「最初に言ったけどお前にこれから俺が作る本の装丁を頼みたい」
「あれ?コレ謝罪もなしに頼み事っていう流れ?」
「お前の無駄に高い芸術性だけは認めてやる。だから頼んだぞ」
おいプロイセンと突っ込むつもりだったのに、ふとヤツが俯きがちに視線を横に
逸らして、弟より幾分か細い声であるのを存分に生かし、
「…フリッツは…お前んとこのモンが好きだったからな……」
などと宣うものだから、世界のお兄さんを自称する俺は当然何も言えなくなった。
完璧主義で徹底主義で新し物好きで技術好き。こんな奴から意匠の依頼なんか受
けたら、あれこれ煩くて苦労するのが目に見えている。それなのに、1フランに
もならないから嫌だとはね除けられない。
例えばこれが見え透いた演技だとしても、そんな態度でほだされると思われるこ
とこそが、今の俺のそうあれかしという姿だからだ。

「まぁやってあげましょ。革の箔押しでも金箔の描画でも」
まかせなさいと肩を叩いたのはだから結局のところ必然だったんだ。








「それがこの本というわけ」
懐かしそうと言うよりは愉快げにフランスが撫でた本はまず無花果と葡萄の蔓を
模した金の細工が目をひく、美しい表装をしていた。
一と半世紀近い歳月を経て眩ゆさをすり減らし、アイオーンが一舐めしたかの様
な深い飴色を帯びた細工は、恐らくフランスが手ずから彫り込んだ時分より典雅
で印象深いものになっているのだろうと思われる。
普段は書庫に納められている本が、何故だか居間の一角を陣取る彼の大王の写真
の前に置かれたままになっていた。一般にあれば間違いなく博物館か研究施設へ
引き渡されそうな装丁の本を前に、勝手に書庫へ戻しても、いやむしろ兄の承諾
なしに触れていいものかどうかすら逡巡していたところへ、本の主より先に気ま
ぐれにワイン持参で訪ねてきた秘密の共有者たるフランスがひょいと気軽に本を
取り上げて、昔語りを始めたのだ。



「…それで、一体何の本なんだ?中も兄さんが書いたのだろう」
「そうだよ。プロイセンのヤツ、お兄さんとこ来る前には印刷の工房にも通って
 たらしくてさ」
執筆も印刷も製本も全部プロイセン作のこの世に一冊だけの本さ。
フランスの言い方はまるで我が子の自慢話の態で、正真正銘プロイセンの身内で
ある俺には気に障るものだった。しかも"この世に一冊"のそれに参加しているの
はフランス自身だけであるということで、それはつまり非常に面白くない。
しかしこちらの心中を見越して機嫌を取る絶妙のタイミングで「ほら」と本を差
し出されたものだから、俺の子供っぽい不満は好奇心の前に霧消してしまった。
こんなタイミングばかり真似出来ない程にフランスは上手い。
「しかし…」
「勝手に見ていいのかって?いいんだよ、他の誰でもないお前なんだからな」
なぁルートヴィヒと滅多に呼ばない名前をこの男に口に出されると怖気が走るが、
同時に確かに兄さんがこういう類での弟の甘えと傲慢さに怒りを覚えるとは考え
づらかった。
プロイセンはドイツに嘘の矛も沈黙の盾も用いたが、ギルベルトがドイツにそ
ういった不誠実や狭量あるいは自愛による防衛を見せることはなかった。
「ま、見ても面白いもんじゃないけどね、アイツ以外は」
「そういえば大王の名前が出てきたな」
「プロイセンの大事なモンなんて限られてるだろ。大事の意味を履き違えてるん
 だよアイツは。本当はもっとたくさん抱えていいものなんだ」
少しくらい取りこぼしても、涙一つで忘れられるようにねという言葉はいかにも
フランスらしかった。だが兄が踏襲できるとは到底思えないし、思いたくない。
「それは俺が困る」
「……素直じゃん」
「素直ついでに言えばこの本の話をお前から聞かされたのも気に喰わない」
あの人と何かを共有すべきは自分だ。過去も未来も繁栄も痛みも。
なのに実際は絶対に埋められない年月の差に阻まれる。いつもだ。





結局本は開かずに、そっとテーブルへ戻した。内容の予想はついていたし、だか
らこそ、開けなかった。それがかの大王の客観的な伝記だろうが書き溜められた
出せない手紙の集大成のようなものであろうが、そんな体裁は関係なかった。
俺以外に目をひたすらに向け、言葉を捧げる兄を再認識させられたくなかった。


「俺は…フリードリヒ2世が故人で良かったと何度痛感したかしれない」
そしてその十分の一くらい、同時に存在してみたかったと願った。生まれた時か
ら兄にとって至高の帝国であった自分と、兄自身をこそ最愛と呼んで高みに押し
上げた王と、果たしてプロイセンはどちらをより愛するのか。
そんな事まで告げはしなかったが、フランスは分かった風に微笑んだ。「それは
自分が選ばれると確信している者の傲慢だよ」とグラスを傾けながら俺を諭した
台詞こそ、答えを知っている者の傲慢だとは言わずにおいた。


                            <エリンネルン>
作品名:エリンネルン 作家名:_楠_@APH