神の真意を汲む化石
神の真意を汲む化石
翌日、アンジェリークはルヴァの執務室を訪れていた。
「……これを、私に?」
手渡された小包と頷くアンジェリークとを交互に見つめながら、ルヴァはにっこりと微笑んだ。
「どうもありがとうございます、アンジェ。開けてみてもいいですか?」
その言葉にアンジェリーク首を横に振る。
「えっと、できればあとで開けてください。ゆっくり眺めていただきたいんで」
それでは、と颯爽と帰っていくアンジェリーク。あまりに短い滞在に寂しくなったが、こちらも執務中なので仕方がないと気を取り直す。
「……!」
早速小包を開けて中を見た瞬間、ルヴァの口から感嘆の声が上がった。
(デンドライト、いえ、これはランドスケープアゲートでしょうか。なんて素晴らしい……!)
風景瑪瑙とも言われるランドスケープアゲートは、植物が石の中に閉じ込められたように見えるデンドリティックアゲートの中でも特に美しく、絵画のように見えるもののことをいう。
主に酸化マンガンが水溶性の形で結晶の亀裂の中に浸透し、その後再結晶して樹枝状のインクルージョンを内包したもの、ということまでは知っていた。
だがこうして磨かれて鮮やかな風景を見ると、鉱石とはまた違った魅力があるのだと実感する。
何度も角度を変えてしげしげとアゲートを見つめるルヴァ。その瞳は僅かに潤んでいた。
(砂漠の砂丘のような模様、その手前には樹枝状模様があって、奥に小さく人か何かに見える模様もある……凄い遠近感ですねぇ)
石が描き出す、遠き故郷に良く似た赤茶色の風景。砂漠の中にぽつぽつと植物が生えているような美しいアゲートの模様。
しかしこれは写真でもなければ絵画でもなく、自然が偶然に作り出した芸術作品なのだ。そして人の手で採り出され磨かれなければ決して見ることはできない。
アンジェリークとの会話に使えるようにと持ち込んでいた石の辞典で、すぐにその意味を調べた。
「……ランドスケープアゲートは大地に由来する力を持ち、誠実性を好み、忍耐力と安定を与えて困難を挑戦と受け止められるように手助けをする。自然界のあらゆるエネルギーとの調和を図って持ち主の精神を浄化し、良い部分を引き上げる……」
小さな手紙が添えられていたので中を見た。
「守護聖様が人々から神のように見えるのなら、この『神の真意を汲む化石』はまさに自然の叡智そのものだと思います」
アンジェリークからの短い手紙を読み終えたとき、ルヴァの瞳に小さな光が幾つも宿った。それはやがて連なって溢れ、その頬を静かに濡らした。
どれ程愛おしく思っていても、もう二度と……愛した者たちと同じ刻を過ごす夢は叶わない、遥か彼方の故郷へと向かう郷愁。
それまで誰にも伝える機会のなかった想いが星々からの答えとなって、その愛を以て、確かに今この手の中に生まれ出ている。
その頃ルヴァの執務室を出たアンジェリークは、公園のベンチで寛ぎながら空を眺めていた。今日も抜けるような青空がまぶしい。
外からの存在も否定することなく受け入れ柔らかく共存していくデンドライトの中でも、屈指の美しさを誇るランドスケープアゲート。
聖地へ来て初めて出逢ったとき、ひどく驚いたものだ。あの石が具現化したような方だったから。
でもそれは当然なのだ。彼の願いを、彼の力そのものを知る石なのだから。
(……長い間わたしの守護石だったけど、選手交代よ。今度はあのひとを護ってあげてね)
そう願って立ち上がる。その胸には、シトリンのペンダントが陽の光を浴びて煌めいていた。