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抱け、彼の背

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***

市が己の身の内に宿る魔に気づいたのは、もうずっと遠い昔。
まだモノも満足に言えぬ頃。
それからずっと、その闇と共に在った。
それの記憶はいつもおぼろげで。
親しい人から、突然の刺客から、繰り返し向けられる刃。
血を求めて煌く刃が背をあわ立たせる。
恐怖と絶望に黒く染まる心。
足元から崩れ落ちる感覚に、突然落ちた混沌から目覚めると、
先ほどまで己に刃を突きつけていたものが最早物言わぬ死体と成り果てている。
そんな経験を何度しただろう。
どれだけ目を背けたくても、現実から逃れる術はなかった。
この惨劇を、この幾つもの死体を、作り上げているのは自分だという現実から。
この身の内に巣食うものが何なのか。
この身を救っている禍々しいものが何なのか。
市はそれを見たことが無かったが、
自分以外の人はそれがどういうものなのか、知っているようだった。
己が身の内の闇に気づくにつれて、同じように気づいていった笑顔の裏側。
張り付いて強張った笑顔の裏にある恐怖がそれを分からせてくれた。
 「いちのこと、きらい?」
尋ねた言葉に返ってくる、嘘っぱちの答えと張り付いた笑顔。
「滅相もございません。私達は皆、ひいさまを大切に思っていますよ。」
口ではそう言っても、顔だけ笑っていても、
誰も市の手を握ってくれないことに、ずっと気づいてた。
手を差し伸べて欲しくて差し出した手が掴むのは、いつも空。

 その中でたった一人だけ、市の手を握ってくれた人。
それが兄様だった。
兄様だけは、市の手を握って一緒に歩いてくれた。
歩きつかれた市を背負ってくれた。
自ら魔王を名乗る兄様。
とても恐ろしい兄様。
だけど兄様の背中は広くて大きくて。
向けられた心からの小さな微笑は、心を弾ませて。
恐ろしくて、優しい兄様。
市のことを本当に分かってくれる、ただ一人の人。

***

「だからね。いいのよ、長政様。
 市…嫌われるのは慣れっこだから。大丈夫。
 これも…市の罪だから…。」
市はそう言って薄く微笑む。諦めと自虐と自嘲、それらの混ざった悲しい微笑み。その儚い笑みは、人を惑わし死地へと赴かせる。
それでも。
たとえ惑わされているのだとしてもかまわない。
儚く笑うその人の細い肩を、長政は力いっぱい抱きしめた。
「長政様…?」
肩口から不思議そうにつぶやく声が聞こえる。
例え彼女が本当に『魔王の妹』であるとしても。
「大丈夫だ、市。
 私は浅井備前守長政。私が正義だ!」
力強く言い放つ長政。
市はきょとんとした表情で長政を見つめる。
「いいからお前はここにいろ!
 お前はもう、この浅井家の嫁なのだ。だから、もうめそめそと泣くな!」
照れと恥ずかしさから言葉がきつくなる。
しまったと思いながらも、それを訂正することは長政には出来ない。
おそるおそる様子を窺うと、腕の中で市が震えている。
「…市?」
慌てて表情を窺う長政に、市は涙を流しながら笑う。
「長政様…いいの?」
顔が赤くなるのを自覚した長政は、慌てて再び市を強く抱きしめる。
「私がいいと言っているのだ!これ以上言わせるな!」
そう言った長政の背に、恐る恐る市の手が回された。


―幕―
作品名:抱け、彼の背 作家名:キミドリ