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或る兄妹の肖像 prelude+落書き

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side:10


 自分の家族は一人だけだ。双子の妹。名は覇王。そっくりな顔に金色の瞳をして、自分よりも少しだけ細い体は。頭がよくて、性格だって素直で可愛い、自慢の妹だ。
 ただ、少し天然というか世間知らずな所があって、兄としては心配だった。なので、出来る限り側にいて、見守るようにしている。登下校は勿論一緒だし、休憩時間も出来る限り席に行って、ベッドや風呂の中も――
「――いや、それおかしいだろ」
「何が?」
 友人から突っ込まれて、顔をしかめた。今は体育の授業の為、覇王とは離れている。遠くで彼女がバレーをしているのを見て、怪我をしないか少し不安になった。
「普通妹と一緒に風呂に入るかぁ。お前らいくつだよ」
「現に入ってるんだから仕方ないだろ」
「――で、」
 言葉を切ると、内緒話をするように顔を近づけてきた友人に聞き返す。
「で?」
「覇王の生乳ってどんな感じ? やっぱり小さ――がっ」
「うるさい」
 不埒な想像をした変態を力いっぱい殴った。確かに覇王の胸はちょっと小ぶりだけど、可愛くていいと思う。少なくとも個人的には好みだった。
 みぞおちにモロに入ったのか、しばらく悶絶していた友人は一呼吸すると、こちらの方を見て言う。
「にしても、お前って本当覇王にべったりだな」
「そうか?」
「……自覚ないのかよ。そんなんじゃ、彼氏が出来た時が見物だな」
「かれし……?」
 すぐには単語の意味が分からずに、しばらく悩んでようやく答えが浮かんできた。
「……ってあの、付き合うとか別れるとかいう彼氏?」
「他に何があるんだよ」
 問い返されて、再び考え込む。
「……ないな。でも、覇王にカレシって想像つかないな」
「ありえないわけじゃないだろ。覇王だってオンナノコなんだし、彼氏作って、結婚して、子供を生む。それが普通だろ」
 考えた事もなかった。でも、言われてみればそれは当然で。
「そうだな……」
「いい男捕まえて、結婚するのがオンナのシアワセってやつ? らしいぜ。よくわかんないけど」
 本当に分からないらしく、友人は首を傾げた。ふと脳内に覇王の姿がよぎる。真っ白いウエディングドレスを着て、知らない誰かに微笑む姿。
「そうだよな。幸せ……だよな」
「どうしたんだ? 急に考え込んで」
 急に胸が苦しくなった気がして、首を振る。
「なんでもない。そういや――」
 他の話題になっても、どうしてもドレス姿の覇王が頭から離れなかった。


* * *


 放課後、いつものように覇王の席に歩いていく。
「覇王、一緒に帰ろう」
「…………」
 話しかけても彼女は視線を合わさずに黙ったままで、珍しい態度に首を傾げた。いつもなら声をかける前からこっちの方を見て、笑って返事をしてくれるのに。
「覇王?」
「……ああ、すまない。どうした?」
 どこかぼんやりとした覇王に、もう一度言う。
「いや、もう帰ろうかと」
「そうか……」
 返事はしたものの席を立つ気配が全くないので、顔の前で手を振った。
「はおー?」
「……え?」
「え、じゃないよ。ぼーっとして。熱でもあるのか?」
 額に手を当てようとした瞬間。
「いやっ」
 ぱしんと手を払われる。拒絶の動作にショックを受けたけど、何か嫌がるような事をしたのだろうと思った。
「……あ、ごめ――」
「違っ!」
 急な叫び声に言葉を止める。覇王の方を見ると、顔を俯かせて彼女は言い訳をするようにぼそぼそと呟いた。
「その……急だったから、驚いてしまって。……十代は、悪くない」
「いや、驚かせて悪かったな」
 こちらの謝罪に首を振るのも、どこか力がないように見える。
「やっぱり具合悪いんじゃないか」
「大丈夫だ。……少し、疲れてるだけで」
 これ以上問い詰めても無理な気がして、色んな思いをごまかす様に頭を振った。笑顔を作るといつものように手を差し出す。
「じゃあ、とっとと帰るか」
 躊躇いなく手を取ってくれた事が、すごくほっとした。


* * *


 帰り道も覇王の様子は変だった。
「――だったんだ」
「……ああ」
 どこかはっきりとしない口調に、思わず彼女の方を見つめ直す。会話が途切れたのを不思議に思ったのか、覇王が問いかけてきた。
「どうした?」
「いや、今日の覇王はちょっと様子がおかしいなって」
「どこが」
「ずっとぼんやりしてる」
「そう、なのか?」
 問い返す様子からは、それが本心からなのか上辺だけのものか分からない。だから、もう少し会話を続ける事にした。
「悩みでもあるのか? 相談に乗るぜ」
「いや。大丈夫だ」
 普段より少し口調が強くて、無理をしているのだと感じる。そういう時は何を言っても頑なに態度を変えないのが覇王だった。
「そう、か」
 やはり悩みがあるのだろう。それも自分に言えないような事。例えば…………好きな奴が出来たとか――
「――十代?」
 話しかけられて、ようやく自分が思考に没頭していた事に気づく。
「ああ、ごめん。ちょっと考え事してた」
「そうか……」
「ああ…………」
 そのまま二人して黙り込んで歩き続ける。無言の帰り道はいつもより長く感じた。



 帰ったら、覇王とゆっくり話してみようと思った。