ShiningStar
ShiningStar ――After Tomorrow episode R
*** 春の空(サヨナラまで396日) ***
「小学校、行ってくる」
昼過ぎに仕事を終え、作業着から着替えた士郎は、Tシャツとジーンズとラフなコートを持って出ようとする。
それをアーチャーは慌てて引き留めた。
「その格好では門前払いをくらうぞ、たわけ」
「えー? そうかぁ?」
「陸を入学させる気があるのか、貴様……」
とにかく一度考え直せ、と、士郎を玄関から引き返させた。
加茂陸は三月のはじめに衛宮邸に越してきた。
両親と死に別れた陸は、厄介な憑き物を擁しており、産まれた頃からずっと陰陽師の総本山・加茂家での軟禁生活を余儀なくされている。その陸を士郎が引き取り、そんな異常な生活に終止符が打たれたのだ。
加茂家に陸を迎えに行った士郎とアーチャーは、思わず複雑な顔を見合わせてしまった。
子供一人、それほどの荷物はないだろうと踏んでいた二人だったが、本当に陸の荷物は小ぶりのボストンバッグ一つで済む程度。数着の衣服と履いている一足の靴のみだった。
思わず加茂家の者に文句を言いたくなった士郎だが、陸が加茂家を出ることをとても楽しそうにしているので、これから陸の物を増やしていけばいいかと、アーチャーと頷き合った。
こうして、衛宮邸での三人の生活がスタートすることになる。
ただ、陸は四月から小学校に上がる年齢なので、就学の手続きが必要となった。
見慣れない行政機関への提出書類や、様々な手続きに士郎が悪戦苦闘しつつ“衛宮士郎が保護者である”という一通りの書類を揃え終わったのが、三月下旬にかかろうかという頃合いだった。
そして、数日前に入学手続きを慌ただしく終えたばかりの小学校から、少々確認したいことがある、と連絡がきたのだ。
血縁でもない衛宮邸に住んでいることもだが、陸には左目と頭髪の左側三分の一ほどの髪の色素が薄い、という身体的な特異が見られる。そのことも何かしら指摘をされる要因だろう。
士郎もアーチャーもそのあたりは想定内だったので、慌ててはいない。だが、普段着と変わらない格好で学校に行こうとする士郎に、アーチャーは慌てた。
「血の繋がりのないこの家庭環境ですら怪しいのだ、服装くらいはキチッとしておいても無駄ではない」
アーチャーは士郎を窘めながら歩く。
「スーツとまでは行かずとも、襟のあるシャツとジャケット程度は着ておけ」
「あんまり持ってないんだよなぁ、カタメの服って」
言いながら士郎は、クローゼットのような物置状態の一部屋に入り、家探しを始めた。仕方なくアーチャーも手伝うことになる。
「お!」
士郎の声にアーチャーは振り向く。
「めぼしい物でもあ――」
「懐かしー!」
士郎は高校時代の制服を持ち上げて歓声を上げている。
「士郎……、今はそういうことをしている場合ではないだろう……」
額を押さえながらアーチャーはため息をつくが、士郎は全く聞いていない。
「なあなあ、俺、成長したよなー!」
制服を身体に当てて、胸を張って主張する士郎に、
「よくそこから伸びたものだな」
仕方なくアーチャーも付き合う。
「あー、でも、アーチャーには、届かなかったけどな……」
少し俯いた士郎の表情が、アーチャーを不安にさせた。
再会したころから、ときおり士郎が見せる思い詰めた顔だ。
「士郎、お前は、何を……」
その先の言葉が口に出せずに、アーチャーは押し黙った。
(自身の運命に憤っているのかと思っていたが、オレの知らない士郎がいるのだな……)
そのことに気づかされると、アーチャーの胸はいつも重く沈む。
「アーチャー、あと一年だ」
数歩の距離を一気に詰めて、士郎がアーチャーを抱きしめる。
「士郎……」
アーチャーも士郎の背に腕を回した。ばさ、と士郎が制服を落とした音が響く。
「楽しく、いこーぜ」
「ああ」
頭を撫でる士郎の手を感じ、アーチャーは目を伏せる。
(そんなことを言いながら、震えている……。まったく、強がりだな士郎は……)
無性に貪りつきたくなる気持ちを抑えるように、奥歯を噛みしめた。
(何も言わない……)
苦しさを感じ、眉根に力がこもる。士郎を抱く腕に力を籠めすぎないようにと、士郎に気づかれないようにと、ため息に熱を紛らせる。
(士郎が強がって震えていても、苦しいのだとわかっていても、士郎の言葉に頷くだけだ。言葉などいらない、抱き合うだけでいい。明確な言葉などなくても、オレは触れ合えるだけで……)
士郎の耳に唇を寄せる。
「士郎……」
衝動を抑えこんでも、声に熱が乗ってしまう。
「ひ、昼間っから、その声は、勘弁……」
首を竦めて士郎は少し身体を離した。
「士郎が抱きついてきたのだろう?」
アーチャーは不満を露わにする。
「そうだけどさぁ」
目元を僅かに染める士郎に、
(まったく、初心だな……)
思いながら、アーチャーはわざとらしくため息をつく。
「夜まで待てと言うのか?」
「当たり前だ。陸もいるんだぞ」
それを言われては、アーチャーも反論できない。
「では……、キスを」
「ん」
頷いて触れた士郎の唇が熱い。
(全く足りないが……)
体温を感じながらするキスは、案外いいものだ、とアーチャーは気づいた。
「とりあえず、これで文句は言われないだろう」
アーチャーの許可が出て、士郎はほっと息を吐く。
「カタい職業の人種ほど外見でおおかたの判断をする者が多い。すんなりいかないとわかっているのだ、こちらが準備万端整えておかなくてどうする。お前は、元は悪くはないのだから、もう少しきちんとした格好をしろ」
「アーチャー、それ……、自画自賛も兼ねてる」
苦笑いを浮かべる士郎に、アーチャーはやや間を置いて気づいたようだ。
「く、くだらんことを、言っている場合か! さっさと行け!」
「なんだよ、照れんなってー」
「うるさい、早く行――」
士郎の唇に口を塞がれ、アーチャーの声は飲み込まれた。
「あんがと」
少し赤みの差した目尻が下がって、士郎が微笑んだと気づいた時には、すでに士郎は背を向けていた。
「まったく……」
甘さを残した口元を押さえ、アーチャーはしばらくそこから動けなかった。
「それじゃ、よろしくお願いします」
頭を下げ、士郎は校舎を出る。
四月から陸がこの小学校に通うことが決まった。
(校長先生まで出てきて一緒にお見送りって……。加茂家の力って、すげーなー)
などと思いながら、士郎は家路についた。
しばらく行くと、向かう方向から見覚えのある人影が二つ歩いてくる。
「アーチャー、陸……」
驚いていると、陸が駆けてきて、士郎の前に立つ。
「おかえり、しろー」
「ああ、ただいま」
まだ家に着いていないが、そう答える。
「終わったか?」
アーチャーに訊かれ、士郎は頷いた。
「ん、問題なし。アーチャーの見立てと、コレのおかげでな」
ジャケットの内ポケットにおさまった和紙の書簡を見せて、士郎は、にやり、と笑う。
「ああ、加茂家の書簡か」
「そ。これ見たら、即オッケー出たぞ。すげーな、加茂家って」
アーチャーは、そうだろうな、と頷く。
*** 春の空(サヨナラまで396日) ***
「小学校、行ってくる」
昼過ぎに仕事を終え、作業着から着替えた士郎は、Tシャツとジーンズとラフなコートを持って出ようとする。
それをアーチャーは慌てて引き留めた。
「その格好では門前払いをくらうぞ、たわけ」
「えー? そうかぁ?」
「陸を入学させる気があるのか、貴様……」
とにかく一度考え直せ、と、士郎を玄関から引き返させた。
加茂陸は三月のはじめに衛宮邸に越してきた。
両親と死に別れた陸は、厄介な憑き物を擁しており、産まれた頃からずっと陰陽師の総本山・加茂家での軟禁生活を余儀なくされている。その陸を士郎が引き取り、そんな異常な生活に終止符が打たれたのだ。
加茂家に陸を迎えに行った士郎とアーチャーは、思わず複雑な顔を見合わせてしまった。
子供一人、それほどの荷物はないだろうと踏んでいた二人だったが、本当に陸の荷物は小ぶりのボストンバッグ一つで済む程度。数着の衣服と履いている一足の靴のみだった。
思わず加茂家の者に文句を言いたくなった士郎だが、陸が加茂家を出ることをとても楽しそうにしているので、これから陸の物を増やしていけばいいかと、アーチャーと頷き合った。
こうして、衛宮邸での三人の生活がスタートすることになる。
ただ、陸は四月から小学校に上がる年齢なので、就学の手続きが必要となった。
見慣れない行政機関への提出書類や、様々な手続きに士郎が悪戦苦闘しつつ“衛宮士郎が保護者である”という一通りの書類を揃え終わったのが、三月下旬にかかろうかという頃合いだった。
そして、数日前に入学手続きを慌ただしく終えたばかりの小学校から、少々確認したいことがある、と連絡がきたのだ。
血縁でもない衛宮邸に住んでいることもだが、陸には左目と頭髪の左側三分の一ほどの髪の色素が薄い、という身体的な特異が見られる。そのことも何かしら指摘をされる要因だろう。
士郎もアーチャーもそのあたりは想定内だったので、慌ててはいない。だが、普段着と変わらない格好で学校に行こうとする士郎に、アーチャーは慌てた。
「血の繋がりのないこの家庭環境ですら怪しいのだ、服装くらいはキチッとしておいても無駄ではない」
アーチャーは士郎を窘めながら歩く。
「スーツとまでは行かずとも、襟のあるシャツとジャケット程度は着ておけ」
「あんまり持ってないんだよなぁ、カタメの服って」
言いながら士郎は、クローゼットのような物置状態の一部屋に入り、家探しを始めた。仕方なくアーチャーも手伝うことになる。
「お!」
士郎の声にアーチャーは振り向く。
「めぼしい物でもあ――」
「懐かしー!」
士郎は高校時代の制服を持ち上げて歓声を上げている。
「士郎……、今はそういうことをしている場合ではないだろう……」
額を押さえながらアーチャーはため息をつくが、士郎は全く聞いていない。
「なあなあ、俺、成長したよなー!」
制服を身体に当てて、胸を張って主張する士郎に、
「よくそこから伸びたものだな」
仕方なくアーチャーも付き合う。
「あー、でも、アーチャーには、届かなかったけどな……」
少し俯いた士郎の表情が、アーチャーを不安にさせた。
再会したころから、ときおり士郎が見せる思い詰めた顔だ。
「士郎、お前は、何を……」
その先の言葉が口に出せずに、アーチャーは押し黙った。
(自身の運命に憤っているのかと思っていたが、オレの知らない士郎がいるのだな……)
そのことに気づかされると、アーチャーの胸はいつも重く沈む。
「アーチャー、あと一年だ」
数歩の距離を一気に詰めて、士郎がアーチャーを抱きしめる。
「士郎……」
アーチャーも士郎の背に腕を回した。ばさ、と士郎が制服を落とした音が響く。
「楽しく、いこーぜ」
「ああ」
頭を撫でる士郎の手を感じ、アーチャーは目を伏せる。
(そんなことを言いながら、震えている……。まったく、強がりだな士郎は……)
無性に貪りつきたくなる気持ちを抑えるように、奥歯を噛みしめた。
(何も言わない……)
苦しさを感じ、眉根に力がこもる。士郎を抱く腕に力を籠めすぎないようにと、士郎に気づかれないようにと、ため息に熱を紛らせる。
(士郎が強がって震えていても、苦しいのだとわかっていても、士郎の言葉に頷くだけだ。言葉などいらない、抱き合うだけでいい。明確な言葉などなくても、オレは触れ合えるだけで……)
士郎の耳に唇を寄せる。
「士郎……」
衝動を抑えこんでも、声に熱が乗ってしまう。
「ひ、昼間っから、その声は、勘弁……」
首を竦めて士郎は少し身体を離した。
「士郎が抱きついてきたのだろう?」
アーチャーは不満を露わにする。
「そうだけどさぁ」
目元を僅かに染める士郎に、
(まったく、初心だな……)
思いながら、アーチャーはわざとらしくため息をつく。
「夜まで待てと言うのか?」
「当たり前だ。陸もいるんだぞ」
それを言われては、アーチャーも反論できない。
「では……、キスを」
「ん」
頷いて触れた士郎の唇が熱い。
(全く足りないが……)
体温を感じながらするキスは、案外いいものだ、とアーチャーは気づいた。
「とりあえず、これで文句は言われないだろう」
アーチャーの許可が出て、士郎はほっと息を吐く。
「カタい職業の人種ほど外見でおおかたの判断をする者が多い。すんなりいかないとわかっているのだ、こちらが準備万端整えておかなくてどうする。お前は、元は悪くはないのだから、もう少しきちんとした格好をしろ」
「アーチャー、それ……、自画自賛も兼ねてる」
苦笑いを浮かべる士郎に、アーチャーはやや間を置いて気づいたようだ。
「く、くだらんことを、言っている場合か! さっさと行け!」
「なんだよ、照れんなってー」
「うるさい、早く行――」
士郎の唇に口を塞がれ、アーチャーの声は飲み込まれた。
「あんがと」
少し赤みの差した目尻が下がって、士郎が微笑んだと気づいた時には、すでに士郎は背を向けていた。
「まったく……」
甘さを残した口元を押さえ、アーチャーはしばらくそこから動けなかった。
「それじゃ、よろしくお願いします」
頭を下げ、士郎は校舎を出る。
四月から陸がこの小学校に通うことが決まった。
(校長先生まで出てきて一緒にお見送りって……。加茂家の力って、すげーなー)
などと思いながら、士郎は家路についた。
しばらく行くと、向かう方向から見覚えのある人影が二つ歩いてくる。
「アーチャー、陸……」
驚いていると、陸が駆けてきて、士郎の前に立つ。
「おかえり、しろー」
「ああ、ただいま」
まだ家に着いていないが、そう答える。
「終わったか?」
アーチャーに訊かれ、士郎は頷いた。
「ん、問題なし。アーチャーの見立てと、コレのおかげでな」
ジャケットの内ポケットにおさまった和紙の書簡を見せて、士郎は、にやり、と笑う。
「ああ、加茂家の書簡か」
「そ。これ見たら、即オッケー出たぞ。すげーな、加茂家って」
アーチャーは、そうだろうな、と頷く。
作品名:ShiningStar 作家名:さやけ