ShiningStar
士郎は加茂家の惣領にあらかじめ書簡をしたためてもらっていたのだ。
どう足掻いても社会的信用の少ない士郎では動かせない事象がある。それを加茂家の権威で通せるように手を打っていた。
本来ならば使いたくない奥の手を今回は使わせてもらった、と士郎は笑う。
現代の陰陽師の総本山であるとともに、由緒正しいお家柄として加茂家は有名な家系なのだ。その家の御曹司ではないが、その家系の養子である陸の入学に“待った”などかけられるはずがない。たとえ現在の保護者が修理工場を営む若者であったとしても、だ。
陸を引き取った士郎が加茂家に頼ったのは、陸が衛宮邸に来たからといって、加茂家から完全に離れたわけではなく加茂家が後ろ盾となっている、という事実を作り、加茂家が陸の社会復帰に手を貸している、という状態を作って、加茂家の溜飲を下げるためだ。
本来、加茂家は陸を隔離したままにしておきたかったはずで、他所で生活をさせるなど、もっての外だと考えていたのだ。
士郎はそんな加茂家と長期にわたって交渉していた。はじめは聞く耳を持たなかった加茂家の惣領も、やがて士郎の説得に応じはじめ、ようやくこの春、陸が加茂家を出ることを了承した。
陸が加茂家を出ても、士郎が加茂家との繋がりを絶とうとしなかったのは、後々のことも考えて、陸が不自由をしないようにとの配慮でもあった。
「それより、どうした? 二人して」
「迎えに来た。陸が退屈していたのでな」
「退屈しのぎに俺のお迎え? 納得いかねー」
士郎が笑って言うと、アーチャーも陸も笑う。ともに家に向かい歩き出した。
春霞の空を見上げると、薄っすら飛行機雲が伸びていくのが見える。
(あー、幸せだ。俺は今、すごく幸せだよ、スサノオ……)
内なるものに言って、少し目を細める。
(あと……一年……。このまま、ここにいたい。アーチャーと陸と三人で……。叶わない願いだけどさ、思うだけだから、許してくれよな……)
スサノオが頷いた感じがして、士郎も小さく頷いた。
「ランドセル、買いに行かないとな」
「おれ、あおがいー」
「えー? 黒だろー?」
「テレビでみたもん。いろんないろがあるって!」
「そうなのか? あ、でも、もう、売れ残りしかないかもなぁ……。時期が時期だし……」
「えー!」
不満げな陸を間に挟み、手を繋いだ三人の影が、夕焼けに染まる歩道に伸びていた。
*** 運動会(サヨナラまで333日) ***
五月後半の爽やかな夏日の週末。陸の通う小学校では運動会が開催されていた。
午前の部、保護者参加競技に士郎は赤組、アーチャーは陸と同じ白組で参加することになった。
「アーチャー、負けねーかんな」
「ふん、負け犬ほどよくほざくものだ」
「てんめぇっ!」
「もー! しろーもアーチャーも、ここでケンカしないの!」
「陸、今だけは、敵だからな! 容赦しねーぞ」
「いいよー、しろーにはまけないもん」
「んだと!」
結局、陸と士郎も睨み合って、先生に止められ、やっと引き下がった。
「陸、よく狙え。士郎に負けるな」
「まかしといてよ、アーチャー」
アーチャーと顔を見合わせ、陸は手に持った白玉を握りしめる。
『よーい……』
パァンッ!
開始のピストルが鳴って、一斉に赤と白の玉が宙に飛ぶ。
運動会の保護者参加競技、玉入れだ。
『赤、優勢です!』
児童会のアナウンスが聞こえ、陸は赤色のカゴを見た。もう三分の一以上の玉が入っている。白のカゴはまだ、底が埋まった程度。
驚きながら陸はその原因を見た。
「し、しろーが!」
片手に玉をいくつも抱え、士郎はひょいひょいと入れていく。
士郎は自らのスキルを使い放題だ。周りで玉を掻き集めた赤組の大人たちが、次々と士郎に貢ぐように玉を渡している。まるで、王様に仕える奴隷のように。
「ず、ずるいぞ、しろー!」
陸が叫ぶと、にー、と笑って、
「負けねーって、言っただろー」
と余裕をかます。
「くぅっ、アーチャー!」
陸がアーチャーを見上げると、士郎の勝ち誇った顔に苛立ったアーチャーは、眉間に深いシワを刻んでいる。陸にはその空気感が黒く見えた。
「陸、全員に伝えろ、オレに玉を寄越せと」
静かなアーチャーの指示に陸は頷いて駆け回った。次々とアーチャーのところに大人と子供が集まる。
「これで全部か?」
陸がアーチャーに大きく頷く。
『残り、五秒でーす』
アナウンスが聞こえる。
「アーチャー、じかんが、」
陸が焦って言うが、その声を聞くか聞かないかの間に、アーチャーは大きな手で全ての玉を固めて持ったまま、まるでバスケのフリースローのようにシュートした。
きれいに固まったまま、放物線を描く白い玉の塊……。
ぼすっ!
と、その重みに籠が揺れた時、
『終了ー!』
アナウンスとともにピストルが鳴り、玉入れは終わった。
歓声が上がる。それは、明らかに勝負が決まったことを知らせるものだ。結果は誰の目にも明らか。
「アーチャー、てめぇ! ずっりぃぞ!」
呆気に取られていた士郎が、アーチャーを指さして怒っている。
「けど、しろーのまけだよね! だって、しろぐみのたま、ぜんぶカゴのなかだもん!」
「んなの、認めねぇ!」
運動場の真ん中で勢い込んだ士郎とアーチャーが頭を突き付けて睨み合う。
長身の上、ガタイのいい二人が睨み合う迫力は、小学校の運動会に相応しいものではない。先生方も泡を食っている状態だ。
「やめなよ、ふたりとも!」
二人の腰の位置ほどしか身長のない陸が間に割って入る。
陸に目を向けた二人は、やや距離を開けた。
「しょうぶはきまったの! しろーのまけだよ!」
「ぐ……」
陸が正論を吐くので、士郎は反論できない。
「で、でも、ずりーだろーっ」
まだ不貞腐れる士郎に、アーチャーがとどめを刺す。
「一気に入れるな、というルールはない」
「だからって、だからってだなぁ!」
「しろー、なみだめだよー、おとなげないなぁ……」
呆れる陸に、むすっとしながらも、ようやく士郎は引き下がった。
「もー、わかったよ」
苦笑交じりに言った士郎に、陸は笑った。
『あ、し、白組の勝ちでーす!』
運動場の真ん中の三人に呆気に取られていた児童会のアナウンスが、思い出したように宣言して、玉入れは終わった。
「ほんと、ずっりー」
士郎はまだ引きずっているようだ。午前の部が終わり、体育館でお昼ご飯の時間。
アーチャーお手製の三段お重の豪華なお弁当を囲み、士郎はまだ納得がいかない、と文句を言っている。
今日の運動会で、加茂陸の顔と名は全校生徒及び、その保護者に周知された。原因はもちろん保護者である、衛宮士郎とアーチャーである。
観覧している間は近くで二人を見かけた人が、背の高いやけに若いお父さんがいるだとか、外国人がいるだとかの目撃情報がちらほらあっただけだったが、前の玉入れで一躍注目を浴びてしまった。
二人のルックスにも一因はあるだろう。身長百八十の赤毛細身の士郎と、身長百九十に届きそうな銀髪褐色の明らかにガタイのいいアーチャー。
作品名:ShiningStar 作家名:さやけ